第九章「種の商人」
旅を始めて一週間が経った。
三人は枯死地帯を抜け、まだ緑が残る地域に入っていた。道中、蓮は見つけた枯れかけの植物を次々と蘇らせていった。一本の木、一株の草、一輪の花。できることは小さいが、何もしないよりはましだ。
「蓮さん、またやっているんですか」
エリシアが、馬を降りて作業する蓮に声をかけた。
「ああ。この木、まだ生きている。助けられる」
蓮は枯れかけた果樹の幹に手を当て、スキル【水揚げ】を発動した。光が木に浸透し、やがて枝先から新芽が顔を出す。
「……すごい」
エリシアは、その光景を見つめていた。
「何度見ても、信じられません。本当に、奇跡のような力ですね」
「奇跡というほどのものじゃない。ただ、詰まったものを通すだけだ」
「でも、それができるのは蓮さんだけです。この世界で、この力を持っているのは」
蓮は立ち上がり、埃を払った。
「……だから、責任がある。この力を、正しく使わなければ」
「蓮さんは、いつもそうですね。自分の力を過小評価して、でも責任だけは重く受け止める」
「そうか?」
「ええ。もう少し、自分を誇っていいと思いますよ」
エリシアは微笑んだ。その笑顔に、蓮は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
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旅を続けるうちに、蓮は一つのことに気づいた。
自分が蘇らせた植物から採取した種は、通常のものとは異なる性質を持っている。
「これは……」
ある日の夜、野営地で種を観察していた蓮は、驚きの声を上げた。
「どうしました?」
ガルドが焚き火の傍から声をかけた。
「この種、普通じゃない。見てくれ」
蓮は種を手のひらに乗せ、三人に見せた。一見すると普通の種だが、よく見ると、かすかに淡い光を放っている。
「魔力を帯びている……?」
エリシアが目を見開いた。
「ええ。俺が水揚げで蘇らせた植物から採った種は、通常より強い魔力を持っているようだ。たぶん、導管を開通させたときに、魔力の流れが活性化された影響だと思う」
「ということは、この種を植えれば——」
「通常より強く、早く育つ可能性がある。枯死地帯でも、普通の種より生き延びやすいかもしれない」
三人は顔を見合わせた。
「これは、大発見ではないですか?」
エリシアが興奮した声で言った。
「蓮さんが一人で大地を蘇らせるには限界があります。でも、この種を各地に配れば——」
「ああ。俺がいなくても、植物が自力で広がっていく可能性がある」
蓮は種を見つめた。
一つの種から、無限の可能性が広がる。それは、花屋として何万回も見てきた光景だった。一粒の種が芽吹き、成長し、花を咲かせ、また種を残す。その繰り返しが、世界を緑で覆う。
「問題は、この種をどうやって広めるかだ」
ガルドが腕を組んで言った。
「俺たちだけでは、大陸全土に配ることは不可能だ。何らかの流通網が必要になる」
「商人ギルドを使えばいい」
エリシアが提案した。
「次の町に、大きな商業都市があります。そこには商人ギルドの本部があり、大陸各地と取引をしています。彼らに種を卸せば、自然と各地に広まるのでは?」
「だが、タダで配るわけにはいかないだろう。商人は利益がなければ動かない」
「種に価値があることを証明すればいいんです。この種から育った作物が、通常より優れていることを示せば、高値でも買い手はつくはずです」
蓮は考え込んだ。
確かに、商人ギルドを通じて種を流通させることができれば、自分一人の力をはるかに超えた規模で緑を広げられる。だが、そのためには、種の価値を証明しなければならない。
「試してみる価値はある」
蓮は決断した。
「次の町で、商人ギルドと交渉しよう」
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三日後、三人は商業都市「メルカード」に到着した。
メルカードは、交易路の要所に位置する大都市だった。城壁の中には、無数の商店や倉庫が立ち並び、各地から集まった商人たちで賑わっている。枯死地帯の影響で経済が停滞しているとはいえ、ここにはまだ活気が残っていた。
「商人ギルドの本部は、中央広場にあります」
エリシアの案内で、三人は街の中心部へ向かった。
ギルド本部は、重厚な石造りの建物だった。入り口には、天秤と麦穂を組み合わせたギルドの紋章が掲げられている。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
受付の女性が、丁寧に応対した。
「ギルドマスターに会いたい。取引の提案がある」
蓮が言うと、受付の女性は少し驚いた顔をした。
「ギルドマスターとの面会は、事前の予約が必要です。どちらの商会の方でしょうか?」
「商会ではない。俺は——」
蓮は言葉を選んだ。
「種を持ってきた。普通の種ではない。この種から育った作物は、通常より強く、早く育つ」
「……種、ですか」
受付の女性は懐疑的な目で蓮を見た。
「失礼ですが、そのような話は、毎日のように持ち込まれます。実際に効果が証明されたものは、ほとんどありません」
「なら、証明してみせる」
蓮は懐から種を取り出し、カウンターの上に置いた。淡く光る種を見て、受付の女性の表情が変わった。
「これは……魔力を帯びている?」
「ああ。見れば分かるだろう。普通の種とは違う」
受付の女性は、しばらく種を見つめていた。それから、席を立った。
「少々お待ちください。ギルドマスターに確認いたします」
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待つこと三十分。
蓮たちは、ギルドマスターの執務室に通された。
「私がギルドマスターのヴァレンだ」
迎えたのは、五十代の恰幅の良い男だった。商人らしい鋭い目つきで、蓮を品定めするように見つめている。
「噂は聞いているよ。『緑の聖者』——枯れた土地を蘇らせる異界の男だとか」
「大げさな噂だ。俺にできるのは、植物の水揚げだけだ」
「謙遜するな。カイン伯爵領から、詳細な報告が届いている。お前のおかげで、グレンの村の畑が復活したそうじゃないか」
ヴァレンは机の上に置かれた種を手に取り、じっくりと観察した。
「確かに、これは普通の種とは違う。魔力の含有量が、通常の数倍はある。もし本当に、この種から育った作物が優れた性質を持つなら——」
「試してもらえばいい。種を植えて、どう育つか見れば分かる」
「ふむ……」
ヴァレンは考え込んだ。
「分かった。取引をしよう。ただし、条件がある」
「聞こう」
「まず、種の効果を実証するために、うちの農場で試験栽培を行う。その結果が良好であれば、本格的な取引を開始する。種の買取価格は、効果に応じて決定する」
「それでいい」
「そして——」
ヴァレンの目が、鋭く光った。
「この種の出所と製法について、詳しく教えてもらいたい。もし量産が可能なら、独占契約を結びたい」
蓮は首を横に振った。
「独占契約は結べない。この種は、俺が水揚げで蘇らせた植物から採れるものだ。俺にしか作れない。だが、独占してしまったら、種が広まる速度が遅くなる」
「なぜ、速度を気にする?」
「世界を救いたいからだ」
蓮はまっすぐにヴァレンを見つめた。
「俺の目的は、金を稼ぐことじゃない。枯死地帯を食い止め、この世界に緑を取り戻すことだ。そのためには、この種をできるだけ早く、できるだけ広い範囲に届ける必要がある。独占契約は、その妨げになる」
ヴァレンはしばらく黙っていた。
「……変わった男だな。普通、こういう取引では自分の利益を最大化しようとするものだが」
「俺は商人じゃない。ただの花屋だ」
「花屋、か」
ヴァレンは笑った。それは、皮肉ではなく、純粋な好意の笑いだった。
「面白い。お前の志、気に入った。独占契約は諦めよう。その代わり、うちのギルドが種の流通を全面的にバックアップする。各地の支部を通じて、種を配布する。どうだ?」
「……ありがたい」
「ただし、種には名前をつけさせてもらう。商売には、ブランドが必要だからな」
ヴァレンは種を手に取り、光にかざした。
「『聖種(せいしゅ)』——緑の聖者がもたらした、聖なる種。どうだ、悪くないだろう?」
蓮は苦笑した。
「大げさだな」
「商売にはハッタリも必要だ。心配するな、効果さえ本物なら、名前負けはしない」
こうして、蓮と商人ギルドの取引が成立した。
「聖種」は、やがて大陸各地に広まることになる。
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