第六章「魔力の水切り」
村を出て三日が経った。
蓮は枯れた大地を歩き続けていた。灰色の地面がどこまでも続き、植物の姿はほとんど見えない。時折、枯れ木の残骸が立っているだけだ。
地図によれば、ここから東に進めば、やがてカイン伯爵の領都に辿り着くらしい。そこから聖地への道が開けるかもしれない。
足元の土を見下ろしながら、蓮は考えていた。
この枯死地帯の規模は、想像以上だった。村の周辺だけでなく、どこまで行っても同じ光景が続いている。これほど広範囲の土地が死んでいるとなると、一人の力で対処するのは不可能に近い。
だが、何もしないわけにはいかない。
歩きながら、蓮は魔力の流れを感じ取る訓練を続けた。集中すれば、地面の下を流れる微かな魔力の脈動が感じられる。それは細く、弱く、今にも途切れそうなほどだが、確かに存在している。
「完全に死んでいるわけじゃない」
それが、蓮の希望だった。
魔力の流れが完全に途絶えていれば、蘇らせることは不可能だ。だが、わずかでも流れが残っていれば、それを強化することで植物を復活させられる可能性がある。
四日目の昼過ぎ、蓮は一本の枯れ木を見つけた。
樹齢百年は超えているだろう巨木だった。今は葉の一枚もなく、灰色の幹だけが立ち尽くしている。だが、その木からは、かすかに魔力の気配を感じた。
「……試してみるか」
蓮は木の根元に近づき、幹に手を触れた。
樹皮は乾ききり、ひび割れている。だが、その奥——木の芯に近い部分には、まだ生命の兆候が残っていた。極めて弱いが、魔力の流れがある。
村の畑と同じだ。導管が詰まり、魔力の循環が滞っている。
蓮はナイフを取り出し、幹の一部を削った。樹皮の下には、灰色に変色した木質部が見える。その奥に、かすかな緑色が——生きている部分がある。
「水切りの応用……」
蓮は削った部分に手を当て、スキル【水揚げ】を発動した。
以前より、スキルの使い方が分かってきていた。ただ発動するだけでなく、魔力の流れをイメージし、詰まりを取り除くように意識を集中する。
手のひらから光が漏れ、木の内部に浸透していく。詰まっていた導管が、一本、また一本と開通していく感覚。蓮はそれを丁寧に、しかし確実に続けた。
汗が額を流れる。意識が朦朧としてくる。だが、止めない。この木を蘇らせなければ。
どれほどの時間が経ったか。
蓮が目を開けたとき、木は変わっていた。
灰色だった幹に、かすかな茶色——生きた木の色——が戻っている。そして、枝の先端から、小さな芽が顔を出していた。
「……できた」
蓮は木の根元に腰を下ろし、荒い息をついた。
全身が脱力している。村の畑を蘇らせたときより、消耗が激しい。それだけ、この木の導管の詰まりがひどかったのだろう。
だが、成果はあった。
一本の枯れ木が、蘇った。それは、この枯死地帯でも植物を再生できる可能性を証明していた。
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五日目の夕方、蓮は小さな集落を見つけた。
十軒ほどの家屋が、街道沿いに並んでいる。グレンの村より規模は大きいが、同様に荒廃しているように見えた。
「旅人か」
集落に近づくと、見張りの男が声をかけてきた。手には槍を持ち、警戒の色を浮かべている。
「はい。領都へ向かう途中です」
「領都? あんた、グレンの方から来たのか?」
「ええ」
見張りの男の表情が、わずかに和らいだ。
「あんた、もしかして——噂の『異界の男』か?」
蓮は驚いた。自分の噂が、ここまで広まっているのか。
「噂を聞いているのか」
「ああ。グレンの村から、早馬が来たんだ。『枯れた畑を蘇らせた男がいる。領都に向かっているかもしれないから、見かけたら歓迎してやれ』ってな」
村長が、連絡を回してくれたらしい。蓮は心の中で感謝した。
「よければ、今夜はうちで休んでいきな。飯と寝床くらいは用意できる」
「ありがとう。助かる」
見張りに案内され、蓮は集落の中に入った。
家々の中には、住人の姿があった。グレンの村より人数が多く、子供の姿も見える。だが、その表情は暗く、希望のない目をしている。
「ここも、枯死地帯の影響を受けているのか」
「ああ。五年前までは、この辺りも畑が使えたんだがな。今じゃ、何も育たねえ。交易で食い繋いでいるが、それも限界だ」
集落の長——髭面の中年男——が、蓮を迎え入れながら言った。
「噂を聞いてな。あんたの力で、うちの畑も何とかならねえかと思って。……虫のいい話だとは分かっているが」
「……」
蓮は考えた。
ここで力を使えば、また数日は動けなくなるかもしれない。領都への到着も遅れる。だが、目の前で困っている人々を見捨てることはできない。
「畑を、見せてもらえますか」
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集落の畑は、グレンの村よりもひどい状態だった。
土は完全に灰色になり、ひび割れている。魔力の流れは、ほとんど感じられない。これを蘇らせるのは、相当な労力が必要だろう。
「全部は、無理です」
蓮は正直に言った。
「俺の力では、一度に広い範囲を処理することはできない。この畑全体を蘇らせるには、何日もかかる」
「それでも構わねえ」
集落の長が言った。
「一部でもいい。何か芽が出れば、それだけで希望になる。頼む」
蓮は頷き、畑の一角に膝をついた。
スキル【水揚げ】を発動する。
光が土に染み込み、詰まった導管を開通させていく。村の畑と同じ作業だが、今回はさらに困難だった。詰まりの程度がひどく、一つ開通させるのに倍以上の労力がかかる。
それでも、蓮は続けた。
意識が遠のきかける。身体が悲鳴を上げる。だが、止めない。
日が暮れ、夜になっても、蓮は畑に留まり続けた。
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翌朝。
蓮が目を覚ましたとき、彼は畑の中で倒れていた。全身が鉛のように重く、指一本動かすのも辛い。
「おお、目を覚ましたか!」
集落の長の声が聞こえた。複数の足音が近づいてくる。
「見てくれ。あんたのおかげで、芽が出たんだ!」
目を向けると、昨夜処理した一角に、小さな緑の芽がいくつも顔を出していた。
「……よかった」
蓮は安堵の息をついた。
「無茶しやがって。俺たちは、あんたに死なれたら困るんだぞ」
「すみません……。つい、夢中になって」
「まあいい。とりあえず、今日は休め。飯と水は用意してある」
集落の人々が、蓮を支えて立ち上がらせた。
その夜、蓮は集落の家で休息を取りながら、考えを巡らせていた。
自分の力は、確かに植物を蘇らせることができる。だが、一度に処理できる範囲は限られている。そして、処理するたびに大きく消耗する。
このペースでは、大陸全土の枯死地帯を救うのに、何百年かかるか分からない。
やはり、根本的な解決が必要だ。
世界樹——ユグドラシアを治すこと。それが、最も効率的な方法のはずだ。
「急がなければ」
蓮は自分に言い聞かせた。
領都へ。そして、聖地へ。
世界樹の元に辿り着き、何ができるかを確かめなければならない。
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