第五章「導管の秘密」

それから数日が過ぎた。


蓮は村に滞在しながら、この世界の植物を観察し続けた。


村長の畑から始まり、村の周辺に残された枯れ木や草地を調べ、魔力の流れを感じ取る訓練を重ねた。最初は意識を集中しないと見えなかった魔力の流れが、徐々にはっきりと感じられるようになってきた。


「やはり、同じ構造だ」


蓮は枯れた低木の枝を手に取りながら、呟いた。


この世界の植物には、元の世界の植物と同じように「導管」がある。水を運ぶ道管、養分を運ぶ師管。それに加えて、この世界の植物には「魔力を運ぶ導管」が存在していた。


三つの管が、植物の茎の中を並行して走っている。水と養分と魔力。この三つが循環することで、植物は生きている。


そして、枯死地帯の植物は、三番目の管——魔力の導管——が詰まっている。


「詰まっている原因は……」


蓮は観察を続けた。


詰まりの原因は、どうやら「沈殿物」のようだった。魔力が流れる過程で、何らかの不純物が蓄積し、導管を塞いでいる。元の世界で言えば、水道管に溜まるカルシウムや錆のようなものだろうか。


元の世界の水揚げでは、導管内の空気や雑菌を取り除くことが主目的だった。この世界では、それに加えて「魔力の沈殿物」を取り除く必要がある。


スキル【水揚げ】は、その両方に対応できるようだ。導管を開通させ、詰まりを取り除き、魔力の流れを正常化する。


「でも、根本的な問題は解決していない」


蓮は腕を組んだ。


自分が行っているのは、あくまで「対症療法」だ。詰まった導管を一つ一つ開通させることはできるが、詰まりの原因そのものを解消しているわけではない。


詰まりの原因は、おそらく世界樹の衰退にある。世界樹から供給される魔力が弱くなったことで、循環が滞り、沈殿物が蓄積しやすくなった。その悪循環が、枯死地帯の拡大を引き起こしている。


「世界樹か……」


蓮は空を見上げた。


世界樹「ユグドラシア」。この世界の中心にあるという巨大な樹。その樹を治すことができれば、根本的な解決になる。だが、そのためには聖地に行かなければならない。そして、聖地は遥か遠くにあり、平民には近づくことすらできないという。


今の自分にできることは、目の前の植物を救うことだけだ。


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「蓮さん、これを見てください!」


リーネの声で、蓮は思考を中断した。


振り返ると、リーネが何かを手にして走ってくる。その手には、小さな花束があった。


「村長の畑から、お花が咲いたんです!」


花束を受け取る。数日前に芽吹いた苗が、もう花をつけている。成長が異常に早い。通常の植物では考えられない速度だ。


「これは……」


「蓮さんの力のおかげです! あの畑、どんどん緑が増えてるんですよ!」


確かに、蓮が処理した範囲は、日に日に植物が育っていた。最初は数本の芽だったものが、今では小さな草原のようになっている。


「不思議ですね。普通、こんなに早く育たないはずなのに」


「魔力の流れが正常化されたからでしょう」


蓮は説明した。


「今まで詰まっていた分の魔力が、一気に流れ込んでいるんだと思います。だから、成長速度が通常より早い」


「へえ……。蓮さん、本当に詳しいんですね」


「いや、推測だけど」


蓮は花束を眺めた。


淡い黄色の花弁。五枚の花びらが、星のような形をしている。元の世界では見たことのない花だった。


「この花、名前は?」


「『星華草(せいかそう)』といいます。昔は、この辺りにもたくさん咲いていたそうです。私、実物を見るのは初めてで……」


リーネの声が、少し震えていた。


「子供の頃、おばあちゃんが話してくれたんです。『昔は、この村も花でいっぱいだった。春になると、野原一面が黄色い花で埋め尽くされた』って。私、それを見てみたかったんです。ずっと」


「……そうか」


「だから、蓮さんが来てくれて、本当に嬉しいんです。おばあちゃんが見ていた景色が、少しだけ戻ってきた気がして」


蓮は何も言えなかった。


自分がしていることは、大したことではない——そう思っていた。水揚げという、誰でもできる地味な作業の応用に過ぎない。


だが、それがこの村の人々にとっては、「奇跡」なのだ。


失われた過去を取り戻す、希望の光。


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その夜、蓮は村長の家で、ある決断を下した。


「村長。俺は、この村を出ようと思います」


「何だと?」


村長は驚いた顔をした。


「この村から出るとは、どういうことだ。まさか、我々を見捨てるのか」


「違います」


蓮は首を横に振った。


「この村だけを救っても、意味がないんです。枯死地帯は、大陸全土に広がっている。俺が一人でできることには限界がある。根本的な解決のためには——世界樹を治す必要がある」


「世界樹を……」


村長は絶句した。


「だから、俺は世界樹のある聖地に向かいます。そこで、何かできることがあるかもしれない。……いや、正直、何ができるか分からない。でも、ここにいるだけでは何も変わらない」


沈黙が流れた。


やがて、村長は深くため息をついた。


「……お前さんの言うことは、もっともだ。この村だけが救われても、世界全体が枯れていけば、いずれ同じことだ」


「申し訳ありません。せっかく期待してもらったのに」


「謝ることはない。むしろ、感謝している。お前さんのおかげで、この村は希望を取り戻した。畑も蘇った。それだけでも、十分すぎる恩だ」


村長は立ち上がり、棚から何かを取り出した。


「これを持っていけ」


差し出されたのは、革製の袋と、古びた地図だった。


「袋の中には、旅に必要な食料と水、それに少しばかりの銀貨が入っている。地図は、私の若い頃に使っていたものだ。古いが、大まかな地形は変わっていないはずだ」


「こんなに……いいんですか」


「当然だ。恩人を手ぶらで送り出すわけにはいかん」


村長は蓮の肩を叩いた。


「世界樹への道は遠く、険しい。だが、お前さんなら、きっと辿り着けるだろう。そして、この世界を救ってくれ。……我々のような、名もなき者たちのために」


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翌朝。


蓮は村の入り口に立っていた。


見送りに来たのは、村人のほぼ全員だった。老人も、子供も、働き盛りの男たちも。みな、蓮を見つめている。


「蓮さん」


リーネが、一歩前に出た。


「私も、一緒に行きたいです」


「え?」


「私、この村しか知りません。外の世界を見たことがないんです。蓮さんについていけば、きっと——」


「駄目だ」


村長が、リーネの肩を掴んだ。


「リーネ。お前は、この村に残れ」


「でも、おじいちゃん!」


「ミズタニ殿の旅は、危険なものになる。お前を連れていくわけにはいかん」


「私だって——!」


「リーネ」


蓮は、リーネの目を見つめた。


「村長の言う通りだ。俺がこれから向かう場所は、危険が多い。何が起こるか分からない。君を巻き込むわけにはいかない」


「でも……」


「それに、この村には君が必要だ。畑は蘇ったけど、これから手入れが必要になる。俺が教えた水揚げの技術を、村の人たちに伝えてくれないか」


リーネは唇を噛んだ。


「……約束してください」


「何を?」


「必ず、戻ってきてください。そして、世界を救ったら——また、この村に来てください。私、待ってますから」


蓮は微笑んだ。


「約束する」


そう言って、蓮は村を後にした。


背後で、リーネの泣き声が聞こえた。それを振り返らず、蓮は歩き続けた。


枯れた大地が、目の前に広がっている。


その先に、何が待っているのか。分からない。


だが、蓮は歩き始めた。


花屋として、花を生かすことしか知らない男が、世界を救う旅へ。


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