第2話

「――なあ、起きろよ」


「……?」


 途切れていた意識が、変な声で起こされた。聞き間違えとも思えないほどにはっきりとした声に、わたしはゆっくりと瞼を開いた。

 そこは真っ暗な世界。他に色は何もなくて、浮いているのか床にいるのかすら曖昧。

 でも、不思議と不安にはならなかった。それどころか、ここが死んだ後の世界なのかな、とか考えて、もう一度鳴った声でようやく振り返った。


「よお、目が覚めたみてえだな。ルマ」


 振り返ると、そこにはキツネがいた。犬かと思ったけど耳が大きいし尻尾もふさふさだから多分キツネ。


「キツネが喋ってる……」


「む、オレはキツネじゃねえよ! ちゃんとヤコって名前があるんだぜ!」


 ぴょんぴょんと、わたしの足首までしかない体を、精一杯に跳ねさせるヤコというキツネ。失礼かもしれないけど、どこからどう見てもキツネだ。

 そんなキツネが何の用だろう。


「あの、ヤコさんは、どうしてわたしの名前を知ってるの? それに、ここは……?」


 小さい動物相手ならば、ちゃんと目を見て話せる。わたしはしゃがみ込んで、ヤコに問い掛けた。よく見ると、その手には布みたいなのが巻かれていた。キツネなりのオシャレなのかも。


「さん付けはいらねえよ。それに、覚えてねえのか?」


「ええと……」


「それはまあ、いいや。ここは死の世界、の前のどこでもない空間。オレは死にかけた人間の前に現れて、こうしてお話をするのさ」


「死……、やっぱり――」


 川に飛び込んだところまでは覚えているが、案の定死んでしまったのか。残念なような、ほっとしたような、よくわからない感情がわたしに纏わりつく。


「そう、ルマは自分の命を捨てた。ただ、捨てるだけじゃもったいねえだろ? だからオレが交渉を持ち掛けるのさ」


「……どういうこと?」


「ルマ、魔法少女になろう」


 ぶんぶんと、尻尾を揺らすヤコの言葉が、耳に入ってこなかった。いや、理解できなかったと言った方がきっと正しい。戸惑いはそのまま、わたしの口から形になって飛び出した。


「わ、わたしが……? 魔法少女ってアレだよね? 可愛い服を着て、魔法とか使って悪いヤツをやっつける……」


「それそれ。話が早くて助かるぜ」


「む、無理だよ!」


 咄嗟に、そう口にしてしまっていた。わたしのその言葉にヤコはムッとした様子で、異を唱える。


「何が無理なんだよ!」


「だ、だって! そんな、わたしみたいな女の子がなるようなものじゃないよ。もっと可愛くて、キラキラしてて、凄い頑張ってる子じゃないと……」


 呪いが、広がる。口から黒い靄みたいなのが出てきて、わたしの喉を絞める。

 夢見なかった、なんて言ったら嘘だ。わたしもアニメの中で活躍していたような、魔法少女に憧れたことはある。

 でも、今ではそんな理想は頭に描けない。星を観るような、遠くにあるそれに手が届かないのと同じで、わたしにはそれを叶える資格はない。

 俯いて、また込み上がってきそうになる涙を堪えていると、目の前から溜息みたいな声が漏れた。


「なんだ、そんなことかよ」


「……そんなことって――」


 顔を上げて反論、しようとした。でもできなかった。ヤコが目を細めて、優しく微笑んでくれているように見えたから。


「関係ねえんだって! 存在が眩しかろうが、愛想が良かろうが。それで人間が全部ダメになるわけじゃねえし。まあ、頑張った方がいいのはそうだけどな。何よりも大事なのは、魂だろ」


「た、魂……」


 胸に手を充てて、触れてみる。けど、そんなものがあるはずもなく、ただ虚空を掴むだけだ。


「あんま深く考えずにさ。せっかくの機会だしやってみようぜ! 死ぬぐらいだったら、良い夢みた方がいいだろ?」


「そうかも、だけど……」


 確かにヤコの言う通りかもしれない。別にいまさら恥ずかしいとかないような気がしてきた。

 それに、魔法少女にはなってみたいし。


「……わかったよ。わたし、魔法少女になる」


「そうこなくっちゃな」


 嬉しそうな声色でヤコは身軽に後退すると、じっとわたしを見つめる。何か反応した方がいいのだろうかと思った矢先、ヤコが声を発した。


「そんじゃ、また夜に来るぜ。魔法少女については、その時に伝えるからさ」


「あ、待っ――」


 まだ不明なことはたくさんあるのに、わたしの願いは虚しく消滅。黒の空間とヤコは一瞬の光に塗り潰されて。

 目が覚めるとわたしは、家の玄関で寝転がっていた。

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