魔法少女 ー カルマ・ダ・ルマ ー
秋草
第1話
「
今はもう亡くなったおばあちゃんにそう言われて、わたしはきっと嬉しかったんだろうと思う。母から見せられた写真には、大きな達磨と並んで座る一歳の頃のわたしが映っていて、目を瞑ってニコニコと笑っていたんだから、きっとそうなんだ。
わたしも、不思議とそのおばあちゃんの言葉を覚えていた。一歳の時の記憶は他にはないけど、それだけは胸の奥でずっと転がっていた。多分、よっぽど嬉しかったんだ。
でも、今となってはその言葉が嫌いだった。おばあちゃんは何も悪くないけど、その思い出ごと嫌いになるぐらいには、悪感情を抱いてしまう。
「ねえダルマ! ダルマってどうしてそんなに太ってるわけ?」
「ちょっとヨル! それ以上虐めたら可哀想だって!」
「虐めてないってー! ねーダルマ。あたしたち超仲良いし」
嘲笑と侮蔑の声だけがわたしを震わせる。周りにいる同級生を見たら、きっと余計に何も言えないから、ただ耐えるようにわたしは黙った。
「ちっ。もういいや。とっとといなくなれば? そうすれば教室も広く使えるし、あんたみたいなデブ、いてもいなくても一緒じゃんね」
花火のように明るかった笑い声は、一瞬で冷えた声音に変わっていた。
怖い。顔を上げるのが。声を出すのが。ここに、いることが。
わたしはただ、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。休み時間の度に、そうやって体型のことを弄られて、存在ごと否定される。
「
名前をからかわれて、そしてまたわたしが太っていることに言及する。
わたしは、この名前が好きだった。おばあちゃんに可愛いと言われたこの名前を大事にしてきた。
なのに、今ではもう全部嫌いだ。名前も、この体も、思い出すらも、全部。
その事実もまた自分を傷付けて、自己否定して、余計に苦しい。
「つまんな。せっかく話しかけてあげてるのに、無視かよ」
わたしが、何かを言い返したことは一度もない。言い返せるような勇気もなかったし、きっと言い返せばもっと酷いことになるに違いない。わたしは五年生から六年生に至る今の今まで、ずっとこうして耐えていた。
授業中以外で、体が動くようになるのは、放課後になってから。
全ての授業が終わって、全員が帰った後、先生が様子を見に来る前に力なく立ち上がったわたしは、来た時よりも重いランドセルを背負う。
部活にも入っていないから、そのまま家へと向かう。けど、その前に寄らないといけない場所がある。
プールから上がった時のように、重い体を引きずりながら辿り着いたのは近所のコンビニだった。わたしはそこに設置されているゴミ箱に、ランドセルの中身を入れていく。全部、あの同級生たちが入れたゴミだ。家で捨てると母に心配されるから、このゴミ箱に捨てさせてもらっている。このお店のオーナーさんからは、ちゃんと許可を貰えているので、わたしはいつものようにランドセルに入っていた全部のゴミを捨てきった。
「おい、それ家庭用ごみじゃないのか!?」
「……え?」
振り返ると、いつの間にか立っていた男の人が、わたしを睨んでいる。スーツを着たおじさんみたいだけど、その人がどうして怒っているのか、初めはわからなかった。
「ダメじゃないか! ここに家庭用ごみは捨てるなって書いてあるだろ!?」
「あ、え、と、その……」
言われて、ようやく理解できた。その人はわたしがルールを破ったから怒っているんだ。でも、わたしはちゃんとこのコンビニのオーナーさんと話して、許可も得ている。それを説明すれば、きっとわかってくれる。
「あ、の違う、んです……」
「言い訳するな! 悪いことをしたら謝らないとダメだぞ!」
大声で、わたしの声が掻き消されてしまう。訴えかけるように言葉を走らせるけど、目の前のおじさんは苛立った様子でさらに声を荒げる。
「まったく、最近の子どもはどうなってるんだ!?」
「どうかしましたか!?」
そうして騒いでいるところに、コンビニからオーナーさんが出てきた。ちらりと目を向けると、視線が合ってしまって、すぐにまた俯いた。
「どうかしたじゃない! この子どもが家庭用のごみを持ち込んでたんで、注意してたんですよ!?」
「あ、ああ……、そういうことでしたか」
納得した様子でオーナーさんが声を落ち着かせる。それから、宥めるようにして、そのおじさんに声を掛ける。
「申し訳ございません。この子は、ちゃんとオーナーである私の許可を得て、ゴミを捨てているんです。どうか、ご納得ください」
「どういう理由だよ! 公私混同もいいところじゃないのか!?」
怒鳴り声に体がビクッと震えてしまった。体が固まってしまって、上手く動かせない。
「仰る通りです。ですので、叱るなら私がその声をお受けいたします」
「俺はそこの子どもを教育してやってるんだよ! これだからコンビニのオーナーは――」
一向に聞く耳を持たないおじさんに、オーナーさんはわたしを隠すようにして前に立って、わたしに聞こえるように呟く。
「瑠真ちゃん。ここはいいから。帰りな」
優しい声だけど、今のわたしにはそこらに漂う空気と同じだった。ただ反射的に頷いて、おじさんの怒声を背中に浴びながらわたしはゆっくりとその場を後にする。
地面と足がくっついたんじゃないか。とうとうそう錯覚してしまうぐらいに、体が重い。
わたしは、惨めだ。ちゃんと言い返せていれば、もっと、堂々としていれば、オーナーさんを困らせることもなかったのかな?
時間が経つごとに、わたしはわたしのことが嫌いになっていく。優しくしてくれる人がいても、わたしは何も変われない。
胸が苦しい。痛いんじゃない。苦しい。雑巾を絞ったように、何かに握り捻られているような、そんな感覚が全身を襲う。
頭が痛い。顔が熱い。勝手に、涙が流れてしまう。
気がつけば、家とは方向に足が向かっていた。誰かに、今のわたしを見られたくなかったのかもしれない。
普段は歩いて渡らない、大きな川に出ていた。川は夕焼けを煌めかせて、世界が美しいかのように唄っている。わたしの心は、こんなにも汚いのに。
もう、いやだ。
わたしが悪い。わたしが憎い。わたしが嫌い。わたしなんていらない。わたしはいない方がいい。わたしは――
この世界に、いない方がいいんだ。
重いはずの体は嘘みたいに軽く、宙を飛んだ。風の感覚を覚えるよりも早く、わたしは冷たくて不快な、水の奥底へと吞み込まれていく。
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