白のあいだ、
shikanote。
白のあいだ、
人々は刺すような空気の中、何かをしている。
年の瀬はどこも人が多く、上着を脱ぐ場所がない。
雑踏の中に身体をねじ込み、次の塊に入っていく。
塊をかき分けていると、少しの空間に体が押し出された。
錘の外れた糸のように身体が流れ、どんと何かにぶつかる。
身体を預けるには頼りないそれと、人々の足の間へ倒れた。
無機物にしては高い温度が、遅れて頭に届く。
ちらと目をやると、周りの白より白い少女がいた。
やってしまった。
体を起こし、手を差し出す。
彼女のズボンの裾がグレーに染まっている。
ポケットにあるはずの布を片手で探し、差し出した。
「すみません」
目が合いそうになって、外される。
「いえ、こっちこそごめんなさい」
彼女は布を受け取り、グレーになった部分を拭いた。
布が粗方水分を吸い、重くなったころ、視線が上がる。
彼女は用を終えたそれを、こちらへ出した。
「汚れてしまったので」
私が口を動かす前に、彼女はそれを見て、手を引く。
「汚してしまいましたね……」
「捨ててしまって、かまいません」
私は宙に浮いたような布を押し戻し、再び塊に身体をゆだねた。
新年を迎え、人々の浮足も地につき始めた頃。
もう塊といえるほどのものはなく、少し息がしやすい。
生活のための買い物も終わり、喫茶にでも向かおうと足を止める。
珈琲の匂いのしそうな方へ、自然と足が向いた。
少し行った所に喫茶があった。
看板は古いが、中にはちらほらと人が見える。
重みのあるドアを押し、座る場所を探す。
一番奥の席に荷物を置き、椅子に腰を預ける。
端の捲れたメニューを手に取り、目を滑らせた。
目を引くものはなく、店員にコーヒーを頼む。
ほどなくして、コーヒーがテーブルに小さな音を立てて置かれる。
手を伸ばすまで、少し息をつく。
こちらに寄せた拍子に、縁から珈琲が零れた。
とっさに袖でこぼれた場所を拭う。
量の減った珈琲を、香りと一緒に口に含む。
冷えた体に一本の線が引かれるように、中へ落ちた。
目をやると、降ったばかりの雪が踏み固められていく。
カップから上がる湯気の白が、外の白に紛れる。
口の中から香りが消え、もう一度それを口へ運んだ。
冷たい空気が、店内に入り込んできた。
ドアの方に目を向けると、斑な白を纏った客が立っている。
暗い店内で、浮いているように見えるほどの白。
知っている白さだった。
彼女はコートを脱ぎかけて、手を止める。
視線が、こちらに来た。
湯気の白さは、視界から消える。
彼女は一瞬のあと、こちらへ近づいてくる。
「こんにちは、先日はありがとうございました」
「ああ、はい」
何とも間抜けな声が出た。
「ここ、ご一緒してもいいですか?」
彼女は微笑みを浮かべ、こちらを見ている。
私は置いた荷物を除け、どうぞ、と掌で示した。
彼女は会釈をし、コートを椅子に掛けてから、椅子を引く。
あの時感じた頼りなさが、そのまま形になったような体だった。
「あの時のハンカチを、どうしてもお返ししたくて」
「私のことを探していたのですか?」
口に出してから、少し遅れて後悔する。
「あはは。探していたわけじゃないですけど、会えたらいいなって」
彼女は同じ珈琲を注文した。
私は少し驚き、口を開く。
「私の渡した物、まだ手元にあったんですね」
「はい。きっと大切なものだと思って」
大切なもの、という言葉が少し遠い。
「どうしてですか?」
彼女は、少しだけ目を見開いた。
ハンカチを取り出し、端の方を私に向ける。
「ここにイニシャルが……人から贈られたものですよね?」
私は少し吹き出してしまった。
確かに T.M と刺繍が入っている。
ただの、メーカーロゴだ。
それを聞いた彼女は、耳を赤く染め、顔を手で覆ってしまう。
そのまま彼女と、珈琲が冷めるまで過ごした。
白のあいだ、 shikanote。 @shikanote0
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