手前味噌

森下 巻々

(全)

 手前味噌になってしまいますが……、と彼はスピーチを始めた。

「私の娘の描いた絵画は美しさにおいて、世界一です」

 確かに、彼の一人娘の筆による山々の風景は美しいと評判である。オークションにかけられれば、いくらの値がつくか分からないと言われている。

 彼が創業した会社の新社屋には、そんな彼女の絵が幾作も飾られる予定だと言う。

「皆さま。娘の絵画を鑑賞するためだけが目的の訪問も大歓迎でございます。これから末永く、よろしくお願いいたします……」

 そのとき、「パンっ」と破裂音のようなものが会場に響いた。

 そして、天井から、ひらひらと紙が一枚落ちてくる。スピーチしていた彼の足元に、それが落ちる。

 彼が拾って、紙を手に取ると、そこには、

『今晩、娘の絵をいただく――怪盗ダビンチ』

 会場内は、何が起こったのか分からない来客によって、ザワついている。

「皆さま。失礼いたしました。音がしたのは、後日のイベントのためにテストで使用した風船だと思われます。残ったものがあり、割れてしまったようです……」

 彼は、スピーチを終えると直ぐに会場の外に出て、スタッフ達と相談した。

 そして、夜になった。

 警備会社にも相談し、万全の態勢である。これなら、怪盗ダビンチに侵入できる余地は無いはずであった。

 しかし、日中になってから、或る小品が盗まれていることが分かった。壁には、その絵の替わりに張り紙があり、

『予告通り、絵をいただいた――怪盗ダビンチ』

 これは、別事件で怪盗ダビンチと名乗る窃盗団が捕らえられてから分かったことだが、何のことはない、朝を迎えて以降に堂々と盗んで行っているのである。多くの人たちは、夜中の間に誰も来なかったことで、気を抜いてしまうのであるとの彼らの説明だ。

 窃盗団の一人は、こうも言ったそうだ。

「手前味噌なんて言って、娘の絵を褒めるなら、警備にも常に手を抜いちゃあダメってことよ。味噌には、手がかかるのよ。社長さんには良い勉強になったんじゃないかな」

 警察官も、それを伝え聞いた皆も、呆れた。

   (おわり)

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手前味噌 森下 巻々 @kankan740

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