第15話 足音

重厚なクラシック様式と、洗練されたモダン様式が共存するロビー。


「あんたの会社のせいで、いったいどれだけの大金を失ったと思ってるんだ!」


怒鳴る男は、ハイブランドのロゴが全面に入ったジャケットを羽織り、ダイヤモンドベゼルの金時計を誇示するように振り回している。

いかにも成金、といった風体だった。


「ちょっと……手を離してくださいよ。あの時は、うちだけじゃない。市場全体が暴落していたんだ!」


言い返す男は、仕立ての良いオーダーメイドスーツに身を包み、立ち姿だけでウォール・ディストリクトの“住人”だとわかる。


「お客様、大きな声はお控えください。」


従業員ロビーから仕事場へ向かう途中だったジャスパーが、静かに声をかけた。


「うるさい! 客に向かって何だその態度は!

一晩泊まるのに、いくら払ってると思ってる!」


ジャスパーは、一呼吸置いた。


(首になるかもしれねえな……賭けだ。

いや……多分、大丈夫だ)


そう判断した瞬間、ジャスパーは成金男の腕を掴み、迷いなくドアへ向かった。

交代前のドアマン、ジャックに言う。


「ドアを開けてください。」


一瞬ためらったジャックだったが、すぐに状況を理解し、無言でドアを開けた。


「てめえ! 何をする! 支配人を呼べ!」


「お客様……いえ。当ホテル、セント・ヒルタワーは——」

ジャスパーは、続ける。

当ホテルは、料金をお支払いいただければ、どなたでもご利用いただける場所ではございません。

どうぞ、お引き取りください。」


「この……ドアマンの分際で!」


殴りかかろうとした男の腕を、ジャスパーは難なく押さえ込む。


その背後から、落ち着いた声が響いた。


「支配人のスミスでございます。

事情はすでに伺っております。」


振り返ると、スミスが立っていた。


「チェックアウトは既にお済みですね。

ご利用代金は全額返金いたします。

誠に勝手ながら、今後の当ホテルのご利用は、お断りさせていただきます。」


ジャスパーは、思わずスミスを見た。


「なんだと!

こんなホテル、二度と来るか!

返金の口座は後で送るから、金は返せよ!」


ジャックが静かにタクシーを呼ぶ。


「いらねえ!」


成金男は怒りを露わにしながら、ロビーを後にした。


スミス、ジャスパー、ジャックは、男の背中が完全に消えるまで見届けた。


「テイラー君、こちらへ。」


「はい。」


(……やべえかな。

いや、でも返金はホテル持ちだろ。

俺の給料から引かれたら一ヶ月分は飛ぶな……いや、スウィートじゃなさそうだ。

女も連れてなかったし)


振り返ると、警備員たちが既に配置についていた。


「もう結構。それぞれ持ち場へ戻りなさい。」


スミスとジャスパーは、支配人室へ向かう。


その背後、ロビーでは拍手が起きていた。

それは従業員からではなく、最高級の客たちからだった。


——そして、ペントハウス専用エレベーターの前で、

その一部始終を、あの男が静かに見ていた。

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