第3話:『本番』っていうのはね...。

朝の柔らかな光が、森の隙間から差し込み、部屋を淡い金色に染めていた。


「……ん、……ぁ……」


リズは、人生で初めて経験する「重みのない目覚め」に微睡んでいた。


いつもなら、目が覚めた瞬間に剣を求め、周囲の気配を探る。それが戦場に生きる彼女の日常だった。


だが、今はどうだ。体は羽毛のように軽く、芯まで温かい。


そして何より、自分の体を包み込む、柔らかくて小さな「何か」がいる。


「……おはようございます、リズ。よく眠れましたか?」


私の声に、リズの肩がびくりと跳ねた。


彼女は驚いたように目を見開き、自分の状況を確認する。


地味な顔をした店主――彼女の胸に顔を埋め、赤ん坊のようにしがみついていた事実に気づいた瞬間、リズの顔面は鎧の返り血よりも赤く染まった。


「な、ななな……ナギ殿っ!? 私は、私は何を……っ! ま、まさか、不覚にも熟睡して……」


「不覚も何も、あなたは昨晩、私の膝の上で『ママ』って呼んでくれましたよ。……可愛かったわ」


「ま、ま……っ!? そ、そんな馬鹿な! 私が、そのような……痴態を……っ!」


リズは慌てて飛び起きようとしたが、昨日までの疲労が嘘のように消え去り、代わりに全身を包む多幸感に足がもつれ、再びベッドに沈み込んだ。


私はそんな彼女の様子を冷めた目で見守りながら、カウンターから持ってきた小さな革袋を差し出した。


「はい。これ、昨晩の料金の返金分です」


「……は?」


リズは、手渡された袋の中身を見て呆然とした。そこには、彼女が支払った金貨の一部……『本番代』として設定していた少額の硬貨が入っていた。


本番代として事前に支払われた 1,000 Gだ。


「……どういうことだ? 私は満足した。むしろ、これほどの安らぎにこの金額は安すぎると思っていたくらいだ。……その一部を、なぜ返すのだ?」


「昨晩のあなたは私の『添い寝まで』で満足して寝てしまったから。サービスの完遂ができなかった以上、その分の金は受け取れません」


私はベッドの端に腰掛け、窓の外を眺めながら淡々と言葉を続けた。


「……それより、昨晩のメニューにあった『本番』。……結局何をするはずだったのか、分かって契約したの?」


リズは一瞬言葉を詰まらせ、それから、ふいっと視線を逸らした。


「……む、無論だ。男女が同じ寝台にいなければ、コウノトリは来ぬ。……ゆえに、女同士の「添い寝」というのは、ただの親睦を深めるための儀式。その後の『本番』とは、『友の絆』を結び、背中を預けられる者を得ることで『癒しの極致』を手にすること……みたいな?」


みたいな?……って何よ。やっぱり分かってないじゃない。


つまりは、男女が一緒のベッドで寝るとコウノトリが赤ん坊を運んできて、女同士の場合は友になるための儀式だと思っている、と。


「……コウノトリ」


ぷふっ。


私は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。まさか私の想像が当たってるなんて思わなかったからだ。二十歳にもなって、この性知識の無さは深刻だ。だけど可愛い。


その純粋さが、私の嗜虐的な欲望をチリチリと刺激する。


私は、ベッドに腰掛けたまま、彼女の首筋に顔を寄せた。


逃げようとする彼女の肩を指先で軽く押さえる。昨日、散々解した場所だ。


そこを突かれると、彼女の体は抗えないほど敏感に反応する。


「……いいえ、リズ。全然違うわ。……『本番』っていうのはね」


私は彼女の耳たぶを甘噛みするようにして、湿った吐息と共に囁いた。


「女同士で、もっと、ずっと奥まで……お互いの体と心を使って、脳が溶けるくらい気持ちよくなるための、秘め事のことよ」


「っ……あ、……ぁ……っ」


リズの喉から、震えるような吐息が漏れた。


昨晩の膝枕だけで、彼女は「ママ」と口走るまで陥落したのだ。もし、その先があったとしたら。自分は、一体どうなってしまうのか。


想像しただけで、彼女の引き締まった太ももが、シーツの下でガタガタと震え出した。


「さ、……昨晩以上の……気持ちよさが……。まだ、……あるというのか……?」


「ええ。でも今のあなたじゃ無理。……一瞬で気絶しちゃうでしょうね」


私は彼女を解放し、立ち上がった。


「さて。朝食の準備ができてるわ。それを食べたら、帰りなさい」


私は満足してベッドから降りる。


これ以上、純粋なお客様に意地悪するのも気が引けた。嗜虐心は心のポケットの奥底に沈めておこう。


「ま、待てっ! ……私は、……私は……」


リズは、縋るように私の服の裾を掴んだ。


「……私は、……昨晩の安らぎも、ナギ殿の言う『その先』も……知らないままでは、もう戦場には戻れん! ……また、ここに来させてくれ!」


私は冷徹に、突き放すように答える。


「お勧めしないわ。……あなたの貯金、一晩で結構な額が飛んでるのよ? 五日も通えば、あなたの蓄えは底をつく。……その後はどうするの? 借金まみれの剣聖なんて、帝国が泣くわよ」


「ぐっ、……それは……」


言葉に詰まるリズ。彼女は最強だが、金の管理には疎そうだ。


私は、彼女の困り果てた顔を見て、わざとらしくため息を吐いた。


「……仕方ないわね。一つ、提案があるんだけど」


「……提案?」


「うち、見ての通り人手が足りないの。……この店の用心棒、兼……『キャスト』として働かない? 本番なしの、添い寝とこの場所の護衛限定で。……その代わり、住み込みで食事も出すし、空き時間には私の『特別マッサージ』を無料で受けさせてあげる。……いつかあなたが、本番の衝撃に耐えられるようになるための、『修行』も兼ねてね」


リズの瞳に、希望の光が宿った。


修行。その言葉が、武人である彼女の心を捉えた。


「……し、修行か。……そうか。私は、まだ己の体すら制御できていなかったということだな。……よし、わかった! 謹んでお受けしよう!」


リズは、私の手を力強く握り返した。


最強の剣聖。帝国の誇り。


そんな彼女が、今、私の「モブ」な指先の虜になり、従業員として鎖に繋がれた。


「……よろしくお願いしますね、リズ "ちゃん" 」


「り、リズ "ちゃん" と言うなっ! ……あと、お腹を見るのも……やめろ……っ」


シャツから覗く彼女の柔らかそうな腹を指先で突くと、彼女は今にも泣きそうな顔で身をよじった。


ああ、前途多難ね。


でも、これからこの店にやってくるであろう「迷い子」たちを、この最強の用心棒と一緒にどう料理してやろうか。


私は、導板の電源を入れ、魔導デバイスに新しい書き込みをした。


――『木漏れ日』。最強の癒やし、ついに開店。



 ◆




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


【異世界『SNS』 | 店舗レビュー詳細 】

■ 投稿先: 癒やしの隠れ宿『木漏れ日』

■ 所在地: 王都郊外・北西の森

(※旧街道から「剣聖の斬撃痕」を目印に進んだ先)

■ 投稿者: 匿名希望 さん(※アイコンは「誇り高き大盾」の紋章)


【評価】 ★★★★★(星5 / 5.0) > 1日前


【感想】 私はこれまで、帝国の繁栄のために数多の戦場を駆け、王都のあらゆる高級宿を巡ってきた。だが、断言しよう。これまでの休息はすべて「虚無」であった。


この店は、宿の概念を超越している。


店主は一見すると非常に地味で目立たぬ御仁(失礼)だが、その指先には恐るべき「魔力」が宿っている。鎧の上からでも分かる体の強張りを一瞬で見抜き、指先一つで筋肉の抵抗を無効化された。私は剣聖として、あのような「敗北」を喫したのは初めてだ。


特に推奨したいのが、耳への刺激を伴う安眠の儀式である。あれを受けた瞬間、私の魂は遠き日の平穏……そう、慈愛に満ちた「聖母(ママ)」の腕の中にいた。気がついた時には、私は情けなくも涙を流し、店主の膝を枕に眠りについていたのである。


唯一の懸念は「本番」という名の最上位儀式である。私ほどの修練を積んだ武人でさえ、昨晩はその入り口で気を失うほどの衝撃を受けた。もし、これを耐え抜く者が現れたなら、その者は私以上の英雄と言えるだろう。


値段は一晩 100,000 G(入会金は別途 30,000 G)と一見高額だが、魂が洗われる価値を考えれば実質無料、むしろ安すぎると言っても過言ではない。なお、翌朝 1,000 Gを『本番』にまで至れなかったがゆえに返金されることになったが、これは店主の誠実さの表れだろう。


私はここで「修行」を続けることに決めた。王都に住む女猛者たちよ。真の強さを知りたくば、この「凪」に挑むがいい。


【店舗からの返信】

レビューありがとうございます。あまり変な目印を勝手に作らないでください。あと、店内で「修行」と称して素振りをされると建物の建て付けが悪くなるので、いい加減にしてください。



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