第3話
「…ごめんね、あかり。」
玄関の鍵を開けながら母は静かに言った。
「ううん。」
何に対して謝っているのだろうと思った。温度のない声だった。
鍵が開き、家へ入る。
「ただいまー」
この母の声には温度があった。いつもの母の温かさだった。そしてやっと私は安心した。
安心したと思っていた。けれど、夕ご飯を食べても、お風呂に入っても、八重塚の言葉が頭から離れることはなかった。なぜ2年たった今、姉ではなく私を訪ねてきたのか。新しい情報とはなんなのか。それが姉とつながりがあるのか。そしてなぜ、母はあんなにも冷たく言ったのか。…私の知らない、何かがあるのか。
ベッドに入ったが、静まり返っている家が怖くて、
その夜はほとんど眠ることができなかった。
八重塚が家に着たその次の日、私は八重塚と会う約束をしていた。
カランカラン
店のドアを開けると軽い音がなった。
ー午後4時。駅前のカフェで待っています。ー
昨日の電話を思い出しながら、店内を見回し、八重塚らしき人物を探した。平日の午後だからだろうか。客は少ない。そのため、店の角の席にすわる八重塚をすぐ見つけることができた。
「お待たせしてすみません。」
この日の八重塚は紺色のスーツを身にまとっていた。ひげもちゃんと剃ってあり、寝癖もない。ちゃんとした大人に見える…はずだが、どこか清潔感が感じられなかった。
「僕も今来たところです。…今日は制服なんですね。」
私は席に座りながら話した。
「学校帰りですから。今日は来てくださってありがとうございます。」
「あはは、学校帰り…まぁそれもそうですね。」
男は笑ったのだった。
「…何か?」
私はじろっと男を見つめた。
眼鏡を直しながら「いえ、なんでも。」と言うと、
「まさか、あかりさんの方から連絡が来るとは思いませんでしたよ。」
そう話を逸らされた。
「昨日は、母が途中で来てしまったので。最後まで聞けなかったものですから。」
話の途中で店員が席へ来た。私は紅茶を頼んだ。八重塚も、コーヒーのおかわりを頼んでいた。私たちはどう見えるのだろう。親子…?にしては、八重塚は若い。ならば…
「紅茶、お好きなんですか?」
「あ、はい」
考え込んでしまっていた。
「すみません。考え事を…。紅茶好きですね。母が良く飲むので一緒に。」
焦っていらない情報まで一緒に話してしまった。
「仲がいいんですね。」
「…家族が大切なんです。」
しばらく沈黙が続いた。店内にながれる古いレコードが2人を包んだ。少したって、紅茶とコーヒーが来た。八重塚はコーヒーを一口飲むと
「昨日はすみませんでした。急にうかがってしまって。僕も反省したんですよ。怖がらせてしまっていないか心配でした。」
謝罪と心配する言葉を口にした。
その言葉とは裏腹に、彼の目は獲物を逃したくない猟師のそれに見えた。
「そうですね。すごく怖かったです。どうしてくれるんですか?」
八重塚は目を少し見開いた。
「こりゃ参ったな、。悪かったよ」
「しっかり反省してください。大人でしょう。…
まぁいいとします。次はないですからね?」
私はカップを手に持ち、程よい温度になった紅茶を飲み込んだ。
「…すみませんでした。」
八重塚はバツが悪そうに言った。
「『新しい情報』…教えてくれませんか?」
「そうだった。今日はその資料を持ってきたんです。」
愛する人のため たまご @rell8y
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