第3話歪み
配信は、変わらず続いていた。
映像は暗く、足音だけが響いている。
地下七層・深部。表示は固定されたまま、更新されない。
壁の質感が変わっていた。
これまでの吸い込むような黒ではない。微かに、光を返している。濡れた石でも、金属でもない。何かが“塗り替えられた”ような表面だった。
探索者は歩調を変えない。
躊躇も、確認もない。
【探索者ランク:S+】
表示が、画面の隅に浮かぶ。
視聴者にとっては見慣れた表記だ。
――一瞬だけ、文字が滲んだ。
S+の横に、別の記号が重なる。
判別できない。文字ではない。数値でもない。意味を持つ前の“何か”。
次の瞬間、元に戻った。
「今の、見えた?」
「バグ?」
「一瞬、変なの混ざらなかった?」
探索者は進む。
まるで、その表示が存在しなかったかのように。
通路が途切れ、空間が開ける。
何もない。敵影も、障害物も、ギミックも存在しない。ただ、床の中央に、円形の痕跡が残っている。
かつて、何かが“置かれていた”場所。
足音が止まった。
数秒。
無音。
そして、短い呼気が拾われた。
言葉にならない、ただ空気を吐き出しただけの音。
それ以上は何もない。
探索者は、円の外側をなぞるように歩き、先へ進んだ。
【探索者ランク:S+】
再び表示。
今度は、完全には安定していない。文字の輪郭が、わずかに揺れている。
コメント欄の流れが変わった。
「S+、こんな揺れ方しない」
「ランク表示って固定値だろ?」
そこに、明らかに温度の違う書き込みが混じる。
「……表示仕様を知ってる人間なら分かるが、
あれは“上書き”じゃない」
「測定結果が、入らなかった時の挙動に近い」
別の書き込みが続く。
「S+は上限じゃない。
上限“だった”だけだ」
視聴者数が、静かに増えていく。
だが、配信はどこにも取り上げられていない。
探索者は、壁に手を伸ばした。
触れない。
指先が、寸前で止まる。
次の瞬間、壁の方が“下がった”。
崩落ではない。
消失でもない。
最初から、そこに壁がなかったかのように、通路が現れる。
「……え?」
「今、地形変わった?」
【地下七層・未分類】
階層表示が更新された。
公式フォーマットだが、見たことのない表記。
「未分類って何だよ」
「七層の中に、そんな区分ない」
上位探索者と思しき書き込みが、短く入る。
「ダンジョンが、探索者に合わせてる」
探索者は、その新しい通路へ足を踏み入れる。
足音が、わずかに変わった。反響が深く、遅い。
【探索者ランク:――】
表示が、消えた。
一瞬の空白。
次に表示されたのは、
【探索者ランク:測定中】
誰も、その文字を見たことがなかった。
コメントが止まる。
更新されない。
数秒後、まとめて流れ出す。
「測定中?」
「そんな状態あるのか?」
「管理局、今これ見てるよな?」
探索者は振り返らない。
ランク表示にも、配信にも、世界にも、何の反応も示さない。
ただ、奥へ進む。
この時点で、
ランクはまだ壊れていなかった。
だが、
正常に機能していないことだけは、
誰の目にも明らかだった。
次の更新予定
『顔も声も出さない探索配信者が、世界最深ダンジョンの記録を更新し続けている』 初見さん @hitroshi
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