第2話欠落

 配信は続いていた。


 画面に表示されている深度は変わらない。

 【地下七層】

 既知の踏破記録が途切れた、その先。


 それにもかかわらず、視聴者数は増えていた。

 誰かが拡散したわけでもない。公式に取り上げられた形跡もない。ただ、配信一覧の下の方に、静かに居座っているだけだ。


 映像は安定している。

 暗い通路。足音。呼吸音は拾われていない。探索者の姿は、相変わらず映らない。


「まだ七層?」

「さっきの乱れ、何だったんだ」


 足音が止まる。

 通路が広がる。天井が高く、音の返り方が変わったのが分かる。空間が変わったことは、映像より先に音が教えていた。


 床に、白い線が走っている。

 自然のものではない。何かを区切るために引かれた痕跡だが、意味は分からない。


 探索者は、その線を越えた。


 ――そこで、映像が欠けた。


 画面が一瞬、黒くなる。

 すぐに戻るが、音がない。足音も、反響も、何も聞こえない。


「音消えた?」

「止まってる?」


 映像は動いている。

 通路の先に、何かが映っているはずだが、輪郭が定まらない。焦点が合っていないようにも見える。


 数秒後、音が戻った。


 ――足音。


 さっきよりも、近い。


 画面の下に、影が落ちる。

 大きい。探索者のものではない。


 次の瞬間、影は消えた。


 戦闘音はなかった。

 衝撃も、叫びも、何もない。ただ、空気が一度、歪んだように見えただけだった。


「今の……」

「何かいたよな?」

「映ってない?」


 床には、何も残っていない。

 血痕も、破片も、焦げ跡もない。まるで、最初から存在しなかったかのようだ。


 探索者は進む。

 速度は変わらない。


 【記録:欠損】


 画面の隅に、小さく表示された文字。

 公式のフォーマットだが、一般向けではない。


「欠損?」

「今、そんな表示あった?」


 表示はすぐに消えた。


 通路の壁に、古い刻印が残っている。文字のようにも見えるが、意味を成していない。誰かが読もうとして、途中で諦めた痕跡だ。


 探索者は、足を止めない。


 カメラが揺れる。

 わずかに下を向き、また手が映った。赤い汚れは、もう乾いている。指先に、新しい傷はない。


「この人、何者だよ……」


 進むにつれ、通路の構造が歪み始める。直線だったはずの壁が、いつの間にか曲がっている。距離感が狂う。奥行きが、正しく測れない。


 それでも、探索者は迷わない。


 【地下七層・深部】


 表示が更新された瞬間、コメント欄がざわついた。


「深部って……」

「管理局の表記だよな?」


 再び、映像が途切れた。

 今度は数秒ではない。時間感覚が曖昧になるほどの、長い欠落。


 戻った映像には、広い空間が映っていた。

 床は平坦で、天井は見えない。中央に、何かがあったはずの場所だけが、不自然に空いている。


 周囲には、破壊の痕跡がある。

 壁が削れ、床が抉れている。だが、中心だけが無傷だ。


 何かが、そこに「いた」。

 そして、もう「いない」。


 配信は切れていない。

 だが、コメント欄の更新速度が落ちている。見ている者たちが、言葉を選んでいる。


「……これ、倒したの?」

「戦闘、全部飛んでない?」


 探索者は、その空白を一瞥することもなく、通り過ぎた。


 奥へ進む。


 画面の隅に、再び表示が浮かぶ。


 【到達階層:非公開】

 【記録:更新不可】


 誰も、その意味を断定できなかった。


 配信は続く。

 だが、記録は残らない。


 このダンジョンの奥では、

 強ささえも、完全には記録されない。

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