第5話 作戦開始①


 爽やかな朝の春風が数箇所開けられた窓から吹き抜けつつも、穏やかに騒めく教室内。担任のタカ先は教室前方の隅にパイプ椅子を置き、そこに座って静観の構えだ。


『はい、みんな一度静かにね』


 担任に代わるように教卓に立ち、教室全体にそう呼びかけたのは、つい先程このクラスで学級委員長に決まった田中という男子生徒。

 今から何が始まるか分かっているクラスメイト達は、学級委員長に従って口を閉じ、教卓ーーーの後ろの黒板に書き出された、各役職名を見た。


『じゃあ早速、委員会決めを始めるよ』


 たかが委員会決めにこんなに緊張しているなんて、恐らくこの教室内では俺一人だろう。

 チラリと後ろを見やれば、真後ろの座席の主である圭がサムズアップとウィンクをしてきた。副音声で『まぁ俺達に任せときなー』と聞こえてくる。


(上手くいけば勝ち取れる作戦...本当に上手くいくか分かんないけど、やってみる価値はある作戦、か)


 作戦会議については、昨日の放課後に遡るーーー




『作戦って言っても、白峰さんがやりたいって挙手した委員会にくろちゃんも挙手するくらいしかできなくない?』


『それとプラスして、いくつか策を立てるんだよー。例えば、白峰さんを競合が無さそうな不人気の委員会に挙手するよう誘導する、とかね』


『あ、じゃあ誘導先は体育委員がちょうどいいんじゃないか?あれだったら確か、体育の授業が男子と女子に分かれる関係で男子一人、女子一人の選出だったしな。少なくとも女子のライバルは減るぞ!』


『えっ、それめっちゃいい作戦じゃん!自動的にくろちゃんも不人気体育委員に入っちゃうことになるけど...仕事が多い分、一緒になる機会が増えるってことだもんね!』


『確かに...って、いやいや、お前ら何ナチュラルに白峰さんの意思を誘導できる前提で話進めてんの?普通に考えて、そこが一番難易度高いだろうが』


『チッチッチッ。とおる、俺の話術に掛かれば白峰さんの入る委員会も意のままだよー。白峰さんの前の席は俺だし、急に話しかけても同クラにいるフラットなチャラ男キャラで特に変な違和感は持たれないだろーし』


(俺の話術って...どこから来るんだよその自信。しかもお前、自分のこと[フラットなチャラ男キャラ]だと思ってたのか。新事実だわ)


『あとは、もし不人気体育委員に空前絶後のブームが巻き起こって競合に発展した場合にどうするかだねー』


『要は白峰と透が同じ委員会になればいいんだから、もし白峰がジャン負けで落ちたら透も辞退すればOK。最悪なのは、白峰は無事体育委員に決まったけど、男子は希望が多くて透のジャン勝ち確率が低くなる場合だな。この場合はどうすんだ?』


『うーん、とりあえず俺達3人も体育委員に立候補してジャンケンに参加しよう。もしとおる以外の俺ら3人がジャンケンに勝ったら、『やっぱ譲る』とか言ってとおるを名指しで指名したらホラ、万事解決じゃん?』


『『異議なーし!』』


『大丈夫か?、ソレ。他のやつから『なら俺でもいいだろ』とか、『ジャンケンやり直しさせろ!』とか文句言われるんじゃねぇの?』


『勝手に言わせとけばー?この世はね、一度ジャンケンで勝ち負けが決まったら、勝ったやつが偉いんだよ。負け犬が吠えても関係ないね。勝ったやつの言うことがきけないなんて、駄犬もいいとこだよー』


『ア、...ソウデスカ』



 ーーー回想終了。


 流石に学級委員長に立候補されたらどうしようと思っていたが、それは杞憂に終わった。黒縁眼鏡が印象的な、高校2年男子の平均より低めの身長の[田中くん]一人が挙手してすんなり決定。うちの高校は意外と学力水準が高く、高学歴にあたる大学の入学まで見据えて通っている者も一定数いる。学期末テスト結果の順位張り出しで彼の名前は上位成績者としてよく見かけていたし、同学年の間ではその頭の良さで知名度のある生徒だった。


(去年のクラスでは学級委員長やりたいやつがいなくて担任の指名だったからマジで安心した...とりあえず第一関門突破だけど、問題はこっからだよな)


 圭の話だと、[教室内で委員会決めの件について話をしてしまうと、もし他の女子に聞かれた場合に女子の立候補者が増える可能性がある]らしく、朝の登校の時間を狙って話しかけたとのこと。これまた衝撃の事実なのだが、高校の最寄駅から徒歩で通学する圭は、駅から高校までの通学路にて、自転車で登校する白峰さんと一学年の頃からよくすれ違っていたのだと。シンプルにうらやま。そのすれ違うタイミングを利用して、しっかり体育委員に入った時のメリットを得意の話術で宣伝してきたと達成感の滲む笑顔でされた報告は朝一番に受け取っている。因みに、圭が白峰さんに話した体育委員のメリットに関するアレコレについては、一年の頃に翔が体育委員に属していたらしく、情報提供に協力させてもらったと話していた。白峰さんに宣伝が刺さるよう多少誇張表現を入れはするが、全くの嘘ではない事実ベースだという元体育委員(結城翔)のお墨付きという訳だ。


『黒板の書き出し順にやりたい人を聞いていくから、みんな挙手してね。黒板に書いてある各委員会の下の数字は入れる人数だから、希望人数が多かったらジャンケンで決めるよ』


 学級委員長の台詞に対して『賛成!』『異議なし!』と返答が各所から上がる。

 軽く頷いた学級委員長は、黒板の文字が皆に見えるよう、教卓から黒板の端の方へ移動していった。露わになる黒板の全貌。見やすい整った文字で書かれた委員会は、去年と同じく全部で9つ。



環境委員  3

美化委員  3

図書委員  3

風紀委員  3

交通委員  3

保険委員  2

体育委員  2

広報委員  3

放送委員  3



『あ、決め始める前にあと一つ。体育委員決めに関してなんだけど、枠2人分は男女それぞれ1人ずつって決まりがあるから、それだけ注意してね。じゃあさっそく、環境委員からやりたい人!』


 『はい』とやや被り気味に後方から2人分の女子の声が聞こえてきて、ドキリと心臓が嫌な音を立てる。学級委員長が『じゃあ津島さんと二階堂さんは決定ね』と、環境委員枠数の更に下に先程挙げた二名の名前を黒板に追記していく。


(焦った...一瞬、白峰さんかもって思った。心臓に悪りぃ...)


 昨日の自己紹介の時しか彼女の声はしっかり聞けていないため、一瞬での声の判別が難しい。後方からの女子の声ってだけでドギマギしてしまうのも無理はないだろう。


『他に希望者はいないかな?...とりあえず残り1枠は保留にして、次の美化委員希望者にいくよ。やりたい人!』


 心臓を落ち着ける暇もなく次へと進行は進んでいく。

 図書委員の希望者、風紀委員の希望者と進むにつれ、学級委員長から白峰さんの名前が出なかったことに期待が膨らんでいく。昨日作戦を立てていた最中はそんなに上手くいく訳ないと若干諦めていた部分もあったが、折り返し地点の交通委員希望者挙手の時間にも白峰さんの名前が出てこなかった時は、マジでワンチャンあるかもと良い意味で緊張が高まった。


『次、保険委員やりたい人!』


 ずっと神経は尖らせている。もし、白峰さんが体育委員以外の委員を希望して挙手した場合には、何がなんでも滑り込みで同じ希望者として挙手しなければならない。聞き逃しは厳禁だ。


『加藤さんと、宮近くん...ちょうど2人だね。枠がピッタリ埋まったから、保険委員は2人に決定するよ』


 俺の一つ前の席に座る加藤さんが安心したような、嬉しそうな表情で隣席の女子と『また一緒の委員会になれた!』『良かったじゃん!』と小声で言い合う。もしかしたら加藤さんも俺と同じ、気になる人と一緒の委員会を狙っていたのかもしれない。


(いいな...)


 いよいよ次が狙いの体育委員。保険委員と違って、『委員会内の雰囲気が体育会系よりでちょっと独特』だとか、『体育祭と校内球技大会、マラソン大会の準備期間中は多忙』だとか、不人気要素が目立つ委員会だ。たった2人分の枠に一緒に入れたらこれ以上ないくらい嬉しい。が、今更な話ではあるが不人気要素のことを踏まえてよくよく考えると、白峰さん自身が進んで体育委員に立候補してくれるとは、やはり考えにくい。


『じゃあ次、体育委員やりたい人!』


(不人気体育委員でもないって考えると、あとは広報委員と放送委員になるけど、白峰さんはどちらに入りたーーー)





『はい』





 思考の途中で、凛とした声が耳に届く。

 ドクリと心の臓は音を鳴らす。先程までとは違い、確かな期待を宿して。


 ぽん。

 

 己の右肩に掌が乗せられる。それに応えるように振り返れば、ニカッと得意げに笑う圭がいた。そして、その一つ後ろの席にはーーー


『体育委員、立候補します』


 姿勢正しく着席しつつもピンと伸ばされた右腕で挙手している白峰さんが見えた。

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