エピローグ
作戦開始から六か月後、奇妙なことが起こり始めた。
人々が、『神の右手』のことを話題にしなくなったのだ。
最初の頃は、連日テレビのニュースで報道され、ワイドショーでは専門家が様々な議論を繰り広げ、SNSでは陰謀論や終末論が飛び交っていた。
しかし、壁で覆われ、見えなくなってからというもの、徐々に話題は減っていった。
「あれ、そういえば『神の右手』ってどうなったんだっけ?」
「ああ、あれね。なんか壁で囲んだらしいよ」
「へえ。それで解決したの?」
「さあ? でも、もうニュースにもならないし、大丈夫なんじゃない?」
そんな会話が、日本中で交わされるようになった。
御手洗は、対策室のモニターで国民の反応を分析していた。
「見事なものだ」
彼は感心したように呟いた。
「人間の忘却能力というのは、実に素晴らしい。わずか半年で、あの大惨事を人々は『過去のこと』として処理し始めている」
「博士、これでいいんでしょうか?」
若手研究員が不安そうに尋ねた。
「問題は何も解決していません。手は今もあそこにあります。いつ動き出すか、いつ本体が現れるか、わかりません」
「その通りだ」
御手洗は振り返った。
「何も解決していない。だが、考えてみたまえ。我々に何ができた? 一年以上かけて、あらゆる手段を試して、我々は完全に手も足も出なかった。ならば、せめて人々の心の平穏だけでも守るべきではないか」
「しかし……」
「『見えざる手』という言葉がある」
御手洗は窓の外、壁の向こうを見た。
「経済学者アダム・スミスの言葉だ。市場には、誰も見ることのできない『見えざる手』が働いていて、それが全体を調整している、という理論だ。実在するかどうかわからない。でも、人々はそれを信じて経済活動を続けている」
御手洗は続けた。
「今回も同じだ。『神の右手』は確かに存在する。でも、見えなければ、それは『見えざる手』と同じだ。人々は、その存在を半ば神話のように受け止め、でも日常生活は続けていく。それでいいじゃないか」
「それは……逃げではないんですか?」
「逃げだよ、完全に」
御手洗はあっさりと認めた。
「でも、戦えない相手から逃げることは、恥ずかしいことじゃない。生き残るための知恵だ」
そこで御手洗はにやりと笑いこう言った。
「所詮、人の手に余る代物だったのだよ。あの『神の右手』が、この後どうなるかなんて、『神のみぞ知る』ってことで、いいじゃないか」
おしまい
『神の右手』顛末記 よし ひろし @dai_dai_kichi
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