第三話 手も足も出ない

 次の作戦は「科学的分析作戦」だった。


 最新のセンサー、レーダー、赤外線カメラ、X線装置――ありとあらゆる観測機器を手の周囲に設置した。

 その結果は、驚くべきものだった。


「博士、信じられない報告があります」

 主任研究員が青ざめた顔で言った。

「どのセンサーも、手を検知できません。重力センサーも、熱センサーも、質量分析器も――すべてが『そこには何もない』と示しています」

「なに……。しかし、我々には見えている。触れれば物を壊す」

「その通りです。つまり……」

「そこにあるのに、ない……。まるでシュレーディンガーの猫だな」


 御手洗は手帳にメモを取った。「観測不可能な実在物体」と書いて、大きく×印をつけた。



 その後も、様々な作戦が展開された。


 「言語的コミュニケーション作戦」では、巨大なスピーカーで呼びかけると共に、手のひらに世界中のあらゆる言語で文字を投影した。日本語、英語、中国語、サンスクリット語、ヒエログリフ、果ては宇宙人が使いそうな数学的記号まで。


「神よ、もし意思があるなら、手を貸してくれとは言わん――ただ帰ってくれ!」


 だが、手は相変わらず無言で地面を弄り続けるだけ。手ごたえは全くなかった。



 「感覚刺激作戦」では、消防車三十台を動員して冷水を浴びせた。人間なら驚いて手を引っ込めるはず、という発想だった。


 手は、びくともしなかった。それどころか、水は手をすり抜けて地面に落ちた。

 そこで更なる刺激を与えようと液体窒素をぶっかけてみた。

 結果――大手町一帯が凍りつき、地下鉄が氷穴と化しただけだった。



「嫌悪刺激作戦」では、日本中から集めた百万匹の虫を手のひらに這わせた。ゴキブリ、ムカデ、クモ――人間なら悲鳴を上げて振り払うはずだった。


 ぞわぞわぞわぞわぞわ……


 虫たちは、手の表面を普通に歩いた。そして手から落ちて、地上に溢れた。結果、大手町を中心に害虫パニックが広がり、周辺の飲食店から損害賠償請求の手が伸びる事態となった。



 博士は、手を替え品を替え挑んだが、全ては徒労に終わった。それどころか、度重なる刺激のせいで、空の亀裂――『神の右手』の出入り口が、じわじわと広がり始めていたのだ。今は二の腕から先の手だけだが、その先――肩が出て、その先に本体があったら?


 その想像は、博士から思考力を奪った。そして、一年後――御手洗は、ついに音を上げた。


「手詰まりだ」


 対策室の最終会議で、御手洗は静かに言った。


「もう打つ手はない。私の力では、この問題を解決できない」


 会議室に重い沈黙が落ちた。


「博士……」

「辞職します。後任は、もっと優秀な人を探してください」


 御手洗は、そう言い残して対策室を去った。


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