10章:十字架は母と妹のため

調査4日目。


今日はファギーこと、ケビン・ファーガソンの調査に行こうと思う。

正直、これまでのチンピラ崩れとは違い、収監歴もある現役のギャングが相手。


今回はアリカを置いていくと固く心に決めていたが、それは杞憂だった。

朝、彼女にどれだけ声をかけても起きてこなかったのだ。


心配したわたしが彼女の部屋を開けると、泥のように眠る姿があった。

やはり負荷が蓄積したのだろう。わたしは安心してファギーのもとへ向かった。



現地に着いたのはまだ午前11時を回ったあたりであったが、周辺には早くもアルコールと特徴的な有機溶剤の臭いが立ち込めていた。


わたしはファギーの根城でもあるパブに入ると、彼を待つ。



しばらくするとけたたましい内燃機関の排気音とともに、1人の男が入店してきた。どうやら多数の手下も連れてきたようだ。彼は部外者のわたしを見つけると、ズカズカと足音をたてて近寄り、こうまくしたてる。


「お前がエレクって探偵か。

 よくもまぁ、俺様を呼びつけたもんだ。たいしたモンだよ」


「あなたがケビン?」


そう口にした瞬間、わたしは顔面を殴られて床に倒れた。というより、気づいたら倒れていたのだ。一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「俺をその名で呼ぶんじゃねぇ!!」


……しまった。シャロンのファイルに書いてあったじゃないか。

父親から名付けられたケビンという名を嫌い、手下にもファギーと呼ばせていると。アリカを連れてこなかったのは不幸中の幸いか、はたまたアリカが不在ゆえの油断だろうか。


わたしは静かに起き上がり、椅子に座り直すと改めて彼と向き合った。


「失礼しました、ファギー。

 ご無礼を、お許しください」


「……わかりゃイイんだよ、わかりゃ」


豪快に殴られたせいか、そこからはわたしの肝も据わり、直球の質問をいくつかぶつけることができた。彼はぶっきらぼうではあったものの、脈も呼吸も脳波も乱れず、感情のブレもなくこちらの問いに答えてくれた。



「ファギー、最後にあなたのジャケットについてひとつ質問があります」


「……」


この沈黙を『了承』だと判断し、話を続けた。彼が着用しているジャケットにはハッキリと十字架のモチーフが刺繍されているのだ。

これは彼が仕切るグループのトレードマークでもあった。



「昨今、十字架モチーフのデザインはとても珍しいです。理由をお聞きしても?」


「……さっきはいきなり殴って悪かった」


「い、いえ、お気になさらず。

 わたしは身痛センサーがありませんから」


「この十字架は母と妹のためだ。

 戦争に巻き込まれて死んだ、2人への弔いでもある」


戦争……。

彼の言うそれは、数十年前に起きた人間とアンドロイドの全面衝突であるあの戦争だろう。その頃わたしはまだ製造されていないが、知識としては持ち合わせている。


「母も妹も、結局のところどっちに殺されたか分からねぇんだ。

 あの時はみんな、狂っていたからな」




「……そうでしたか」


わたしができる精一杯の返事だった。


ファギーはテーブルに置かれたビール瓶を2本掴むと、そのまま店の奥へと消える。

彼と対峙したのは10分程度であったが、容疑者リストからは除外することにした。





つづく


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