第3話 母、帰還した日!焼け野原の戦場を見て背中にドラゴンを宿らせる
翌日、日曜日の朝。
結局、昨日も母は帰ってこなかった。リビングにいくと、そこにはダイニングテーブルでコーヒーを飲む父の姿があった。父も、ずっと同じコップをゆすいだりしながら使っているはずだ。たぶん、あれもそう。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
「お母さんは?」
昨日の夜と同じ会話だ。まだなんだろうなと思いつつ尋ねたが。
「そろそろ帰ってくる」
「へ?」
予想外の答えに変な声が出た。
「帰ってくるって……お母さん、連絡取れたの?」
「いや、電話しても取らないから連絡は取ってない」
「じゃあなんで……」
なんで分かるの?そう尋ねようとしたが驚きのあまり先の言葉が出てこなかった。父は目を逸らすとコーヒーを一口すすった。
「……ウチに向かってる」
そう一言だけ言うと同時に、玄関ドアが開かれる音が聞こえてきた。
————ガチャン……バタン
「ただいまー! ああ、楽しかった!! はい、これお土産!」
母が帰ってきた。リビングに入ってきた母はダイニングテーブルにどんと紙袋を乗せた。
「お母さん! ずっとどこ行ってたの?」
テーブルに置かれたそれには『くさつ温泉まんじゅう』と書かれていた。それが答えになっていた。
「家出よ、家出! もー、むしゃくしゃして出てったんだけどさ。そこのお父さんからずーーーっと電話よ! ゆっくり休めたもんじゃない」
父の顔を見ると、ごまかすようにコーヒーをすすっていた。
「どうせGPSで私がどこにいるか分かってるんだから放っておけばいいのに!」
「は……? GPS?」
聞くところによるとこの夫婦、互いの居場所は常に分かっているらしい。どおりで父が全然慌てないわけだ。そしてそそくさ自室に戻っていたのも母に電話していたのか。ちょっとは教えてくれたっていいのに。
電話をうっとおしいと言いながらも、電源を落とすとGPSの居場所がわからなくなってしまう。それではいよいよ行方不明扱いにされかねないと母も仕方なく電源を入れたままにしていたらしい。
そうして帰ってきた母は早々と荷物を片付けてエプロンに腕を通した。いつもの母の戦闘スタイルだ。
「さ、て、と」
リビングとキッチンをぐるりと見渡し、まずキッチンへと向かった。いくつか状況を確認した後、あごに手をあてた母がリビングに向かって声をかける。
「二人とも、ちょっと」
手招きする母の元へ父も私も素直に集った。家出から帰ってきた母の言葉を流せるほどひねくれてはいない。
「まずこれ」
指をさしたのはシンクの中だ。息を吸う母の胸がわずかにあがり————そして。
「いい? 使ったコップはすぐ洗え! 自分で洗え! これしき溜め込むな!! 中身を変えるだけで何個も使いおって……使ったなら洗え!! それから排水口は詰まったのに気付いたらネットを変えろ! いつも誰のおかげでシンクに水が流れてると思ってんの!? あふれたら待ってないで変えなさいよ!!」
母の剣幕に、見えない向かい風(強風)でも吹いてるかと思うほど私たち(父娘)は二人揃って上体をそらした。
「はい……」
私がいそいそと排水口のネットを変えるべく動き出すと、出遅れた父はその場に硬直状態となった。そこへすかさず母の追撃が来る。
「あと、アナタね? 自然乾燥した食器に上から濡れた
「はい……」
母が父の胸ぐらを掴んで引き寄せた。顔が凄んでいる。
「それができなきゃ食洗機(乾燥付き)買って。乾燥の時間も主婦はスケジュールに組み込んでんのよ」
————場所を移動して、洗面所。
「さっき帰ってくる時、洗濯物干されてたけど。あれいつ干した? 今朝洗濯機回した? 昨日干して夕方にカーテンしめてそのまま忘れてたりしてないよね?」
私はおずおずと手を挙げた。
「昨日から……」
「すぐ取りに行く!!」
褒められるどころか怒られてしまった……。
————場所を移動して、再びキッチン。
冷蔵庫を開けて中をざっと確認する。後ろには父と私もついてきている。
「一昨日はモック食べたよね? ゴミ袋から透けて見えるよ。それから? カップラーメンに、出来合いの弁当買った?」
二人、無言で連続して頷く。母が大きく息を吸い込む背中にドラゴンが見えた気がした。
「スマホで配達注文するくらいなら、レシピアプリ入れなさい! 食材はあるんだから簡単なものくらい作れるでしょ!! あと弁当のガラはスーパーのリサイクルボックスに持ってってるんだからすぐ出す! あんなの押し込んだらすぐゴミ箱かさばるしゴミ袋も破れるに決まってるでしょ!!」
「はい……」
再び母が父の胸ぐらを掴んで引き寄せた。顔が凄んでいる。
「それができなきゃ電気圧力鍋買って。切って入れればアナタでも出来るから」
ひとしきり家のいたるところに連れ回さ……いや、お連れいただき、
――――そして最後に戻ってきたのはリビングだった。
「そこに座って」
ソファに促され、私たちは顔を見合わせてから座った。着席すると同時に母の視線が私に向けられる。
「まず。私がなんで出てったか分かる?」
「えっと……お夕飯の手伝いをしなかったから……ですかね」
「えっ。そうだったのか? ダメだぞ、それはお母さん怒るに決まって……」
「アナタは黙ってて」
「はい……」
私は一昨日の夕方の記憶をたどった。母が出て行く直前、夕飯作りを『手伝ってほしい』と言われた私は生返事の上にスマートフォンをいじりながら『後で』と返した。そして、母は出て行った。
「そう。たったそれだけ」
もう何年も家事や手伝いなどやった覚えがない。それなのに、何年ぶりかのお願いを適当にあしらわれたらどうか。————おそらく母の怒りはあの時はじめて生まれたものじゃなかった。
「ごめんなさい……」
私がうなだれていると、母が父の方に体を向けた。
「次にアナタ。いつもお仕事ありがとう。————でもね」
母が父の胸ぐらを掴んで引き寄せた。そこに表情はなく真顔だ。
「アナタまで家事力が娘と同レベルかそれ以下なのはどうなの? 食事はおろか片付けができない無力もいいところよ。父親としての前に、自立した生活ができないのは見本になるのかしら? それにね————」
母が声を潜めて父の耳元に顔を寄せた。
「花に水やりして花が水道料金払ってくれてありがとうって言うんか? 犬にエサあげてエサ代払ってくれてありがとうって言うんか? 結局、直接手をかけている人に信頼関係は生まれるのよ。お前は今、金を稼いでるだけで娘との
よく聞こえないけど、なんかひどいこと言われているような気がする。母が父の胸ぐらを突き放した。
「将来一人になりたくなければ改めろ。家事力のレベルをせめて平均5まで上げろ」
家事力を戦闘力みたいに言うじゃん。
そうして、この二日間で私は家の中にはやることが山ほどあることを知った。
それは朝起きたら食事が用意されているとかそんなのばかりじゃない。我が家を居心地良く過ごせるため母の手が築いた努力の結果が家のいたるところに散りばめられていた。
父と私はこの二日間に起きたことを大いに反省して、せめて『気がついたらやる』を少しずつ実践することにした。
あれからスマートフォンにもレシピアプリを入れて、簡単な料理から作れるようになってきている。
今度は私が母に作るのだ。あのぬか漬けに合う、最高のお供を————。
さあ、あなたはこの中にいくつの名もなき家事を見つけられただろうか?
見つけた数で、あなたの家事力レベルが分かるかもしれない。
我が家は家事力レベルMAXの母と、戦力外の父娘パーティー 雪象 @yuki-zo
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