第2話 ままならない日。シンクの詰まった排水口をただ眺める

 一夜明け、土曜日の朝。


 友達と約束があるので朝九時に起きてリビングにやってきた。部屋を見渡して母がいないことを思い出す。


「朝ごはん、どうしよっかなあ」


 父は……車が無いな。ゴルフかな。


 昨日みたいに配達も依頼できるが、正直気分じゃない。なんとなくそれもめんどくさい。

 しかしお腹はちゃんと空いている。夕飯のハンバーガーはテンション上がったが、意外と消化が早いのかやけにぺこぺこだ。お腹をさすりながら何かないかと冷蔵庫を開けて中を確認する。


「もー、これでいっか」


 ドアポケットにあった飲みかけの1.5Lペットボトルのコーラ。昨日もハンバーガーと一緒に飲んだが、昨日のやつじゃない。母がスーパーで買ってきてくれたものだ。


 キャップをひねるも音がしないその炭酸が抜けたコーラを適当なマグカップに入れると一気に飲み干した。水道の水で簡単にマグカップの中をゆすいでシンクへ。


 コーラを冷蔵庫に戻した時に冷蔵庫の隅っこにあったタッパーを目に留めた。蓋をほんの少し開けると指を差し込み、作り置きのお新香を何枚かつかんで口へ。朝ごはん終了だ。


 部屋に戻る途中、洗面所に寄ると山盛りの洗濯物が出迎えた。

 いったん――見なかったことにした。


 ◇◆◇


「あー! 左ぜんぜん塗れてないじゃん!! 待って待って待って……いやー! やられた!!」


 友達と朝からオンラインゲーム。手に持っていたコントローラーをベッドに向かって投げつけ、ヘッドセットしたまま天を仰いだ。


 二つのチームが互いのチームカラーのペンキをエリアに塗って陣地を広げていくゲームだ。

 意外と頭を使う……のに集中力がてんで出ない。敵が近付いていたのも見えていたのにかわせなかった。


 空腹でイライラしやすくなって友達の『ドンマイ!』って言葉にもイラッとしてしまった。


「もうやめよ! もうすぐお昼だし、またね!」


 無性にやめたくなって、まだ11時なのに強引にその場を終わらせた。友達からちょっと戸惑った空気感が流れたが『分かった。またね』って……完全に気を遣わせてんじゃん。


 リビングに戻ると空腹のせいか自然と隣のキッチンに目がいくが、何かあるわけではない。何もないのは朝に見たし。

 イライラ任せに乱暴にソファに腰を落とすとそのまま体を横にしてスマートフォンをいじりだした。


 ————ぐ〜っ


 気を紛らわそうにもお腹はおかまいなしに鳴る。ご飯をどうしようか考えるだけでイライラが募るのに体はよこせと訴えるばかり。このままでも仕方ないし、どうしようか。


「あ、そうだ」


 立ち上がってキッチンに向かった。戸棚の扉をあけるとそこには買い置きのカップラーメンがあった。よし、これにしよう。


 それからラーメンを食べ終え残ったスープをシンクへ持っていくと、私と父で使った溜まっているコップをはじに寄せて、排水口の上からスープを流して捨てた。ゴミ箱にカップを捨てる前に、軽くゆすいで流すと————


「え。あれ?」


 排水口の水が流れない。その上さっきのスープと一緒に捨てたラーメンのちいさい食べかすがシンクに浮いてきた。どうやら生ごみネットの目が詰まって流れにくくなっているらしい。


「嘘でしょ、めんどくさいなあ……」


 私はその場でじっと待ってあふれた排水口の水が流れるのを待った。浮かんできた食べかすでまたシンクが汚れてしまったので、少量の水をカップに注いでそれらをゆっくり流していく。シンクが綺麗になったところでカップをゴミ箱に捨ててその場を後にした。


 リビングを出て自分の部屋に戻ろうとした時に洗面所が目に入る。


「お腹もいっぱいになったし、やるか」


 お腹が満たされて元気が出てきた私は洗濯に取り掛かることにした。


 母が戻ってきたら驚かせよう————そう意気込んで洗濯機を回したが、この数時間後にポケットの中からワイヤレスイヤホン(おしゃか)が出てきて叫ぶのはもう少し先のこと。


◇◆◇


 夕方、父が帰ってきた。


「おかえりー」

「ただいま。お母さんは?」

「まだ帰ってきてないよ」


 昨日と同じ会話だ。父は『そうか』と一言こぼすとリビングを出ていった。


「今日の夕飯どうするー?」

「そうだなあ……出来合いの弁当でも買いに行くか」


 その日の夜はスーパーに弁当を買いに行って、家で二人で食べた。父はゴルフ疲れか食事が終わるとすぐに自分の部屋に戻っていったので、私は一人リビングでテレビを見ることにした。


 テレビではいつものバラエティ番組が流れていた。世間的には『ちょっと下品』と言われている番組だが、私と母はよく見ている。母曰く————


『下品だからって笑ったらダメなわけじゃないのよ。大事なのは下品だと分かってる上で、笑っていい場所と笑っちゃいけない場所をわきまえていることなんだから』


 ——だそうだ。うっかり父の前で笑ってしまった時には、父は軽蔑することなく一緒に笑ってくれたそうで結婚を決めたなんてことも言っていた。


 だから私も家にいる間はなんでも笑うことができた。


「ねえ! お母さん、これ面白……」


 そう言って振り返った時、そこに誰もいなかったことを思い出すと胸がぎゅっと締め付けられた。そうだ、まだ帰ってないんだった。

 なんだか急にテレビが面白くなくなってしまった私はリモコンを手に取ると画面を消して立ち上がった。


 キッチンに向かうと相変わらずシンクには溜まったコップが並んでいた。それから、すみにあるゴミ箱のそばには中身がぱんぱんに入ったゴミ袋が表に出ている。中身がかさばってゴミ箱の蓋が浮いてきたので中身を出したんだ。


 ゴミ袋にはバッテン印のガムテープが貼ってあった。カップラーメンや弁当のガラを力づくで押し込んだ際に穴をあけてしまったその補修だ。


 それらを横目に、お腹が空いているわけでもないのに冷蔵庫を開けた。今朝見たタッパーが目に留まる。

 冷蔵庫を開けたままその場でタッパーの蓋をほんの少し開けて指を中に差し込んだが————


「あれ?」


 タッパーを引き寄せて蓋を取り外すと中身は空っぽだった。今朝のが最後だったか。

 年齢にあわないと言われるが、実は結構お漬物が好きだ。中でも母が作る家のぬか漬けが一番で、このランキングはまだ更新されたことがない。





 さびしさと残念な気持ちのまま空になったタッパーをシンクに持っていくと、軽くゆすいで水を流し————またあふれてきた排水口が流れるのを待った。

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