第8話「王都からの美食家」

 領主様の「極・恵方巻き」絶賛の噂は、瞬く間に広まった。

 街の人々は再び銀の葉商会に戻ってきた。「やっぱり本家は違う」「あっちのパン巻きは邪道だ」と口々に言いながら。

 ガルドは悔し紛れにビラを撒いたりしていたが、もはや誰も相手にしていなかった。

 だが、評判が広がりすぎるのも考えものだ。

「王都から、宮廷料理人の審査官が来るそうです」

 数日後、リリアナが青ざめた顔で手紙を持ってきた。

「王宮で噂になっている『魔法の料理』を確かめたい、って……。もしお眼鏡にかなえば王室御用達になりますけど、不味いと判断されたら店ごと潰されるかもしれません」

「極端だな、この国は」

 まあ、チャンスには違いない。

 俺は腕まくりをした。

「わかった。最高のおもてなしをしてやろう」

「でも、ただの太巻きじゃインパクトが足りないかもしれません。相手は王都の美食家ですよ?」

「そうだな。そろそろ新メニューの出番か」


 視察当日。

 やってきたのは、ヒゲをたくわえた神経質そうな男だった。ベルナールという名の審査官は、店内をジロジロと眺め、鼻を鳴らした。

「ふん、所詮は田舎の店か。ここでその『福巻き』とやらを出しているのかね」

「はい。どうぞこちらへ」

 俺は特等席へ案内した。

 だが、出したのは太巻きではない。

 深めの器に、白く輝く酢飯を盛り、その上に色とりどりの具材を散りばめた『海鮮ちらし』だ。

 さらに、一口サイズに握った酢飯にネタを乗せた『握り寿司』も並べた。

「な、なんだこれは……美しい」

 ベルナールが息を呑む。

 宝石箱のような見た目に、彼の警戒心が揺らいだ。

「『福巻き』は食べ歩き用ですが、こちらはゆっくりと味わっていただくための料理です」

 俺は醤油(これは豆と小麦を発酵させて自作した)を小皿に注いだ。

「この黒い液体を少しつけて召し上がってください」

 ベルナールは半信半疑で、マグロに似た赤身の握りを口に運んだ。

 もぐもぐ。

「……!」

 彼はカッと目を見開き、無言で二つ目、三つ目と手を伸ばした。

「この魚の生臭さが消えている! むしろ旨味が引き出されている! そしてこの白い穀物……口の中でほどけるような食感! 酸味と甘みのバランスが絶妙だ!」

 ベルナールは興奮して立ち上がった。

「これは革命だ! パンとスープの時代は終わるかもしれん!」

 彼は俺の手を両手で握りしめた。

「君、王都へ来ないか? 宮廷の料理長に推薦しよう」

「いえ、俺はこの店が気に入ってるんで」

 俺は丁重にお断りした。宮廷なんて窮屈な場所で働くのはごめんだ。俺は自分の畑で泥にまみれながら、美味いものを作っていたい。

「そうか……残念だ。だが、この店の名は必ず国王陛下に報告しよう。『銀の葉商会』、素晴らしい店だ」

 ベルナールは満足げに帰っていった。

 これで王室のお墨付きもゲットだ。

 リリアナはへなへなと座り込んだ。

「心臓が止まるかと思いました……。カイさん、本当にすごいですね。断っちゃうなんてもったいない」

「俺はリリアナと、ここで商売をしてる方が楽しいからな」

 俺が言うと、リリアナは耳まで赤くしてうつむいた。

「……ばか」

 テオが後ろで「あーあ、熱いねえ」と茶化している。

 平和だ。

 そう思っていた俺たちの元に、一通の招待状が届いたのはその翌日だった。

『第一回・王都美食大会 招待状』

 差出人は、商業ギルド連合。そして、その背後には間違いなく黄金商会の影があった。

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