〇遺品整理

遺品をまとめた段ボールは全部で十個程だった。衣類、化粧品、使いかけのノート。どれも警察の確認は終わっている。

 そのの中の一つに一冊の大学ノートがあった。表紙に名前はない。代わりに、ボールペンで小さく日付が書いてあった。

 めくる前から、胸の奥がざわついた。

 これは、見てはいけないものだと、直感で感じていた。


 それでも、私はページを開いた。


 ――今日、あの人に会った。

 ちゃんと話を聞いてくれた。

 私のこと、分かってくれたのはこの人が初めてだと思う。優しかった。すき。


 字は思ったより丁寧だった。感情をぶつけたような乱れはない。むしろ落ち着いている印象を受けた。

 読み進めるうちに、ある人物が何度も出てくることに気づいた。

 名前は書かれていない。代わりに、いつも同じ言い方が使われている。


 ――あの人。


 会った場所。話した内容。触れられた手の温度。「大丈夫だよ」と優しく言われたこと。

ページをめくるごとに、自分の知らなかった娘の世界が出来上がっていく。その形は自分のそれに近かった。いや、私がそうしてしまったのかもしれない。娘も、一人の女だったのだ。

 日記の中では、あの人はいつも優しく、理解者で、特別な存在だった。自分には分かる。それがどんなに価値のある人間なのかという事が。


 ――本当は、私のこと好きなんだと思う。

 ――照れてるだけ。

 ――周りに言えない事情があるだけ。


 私は、途中でノートを閉じた。

 息が、うまく吸えなくなっていた。自分と娘がこんな形で重なっていくことが苦しかった。自分を避けていた娘が、自分と同じ道を歩んでしまったことが、歩ませてしまったことが。

 警察は、娘のスマートフォンを調べたと言っていた。何か娘の死に関わるような特定の相手とのやり取りは見つからなかった、と。

 その言葉を、私は「安心」だと勘違いしていた。

 ここには、全部が書いてある。

 娘が信じたこと。

 娘が傷ついた理由。

 そして、娘が一人で抱え込んだ物語。

 それが事実かどうかは、分からない。でも、娘にとっては、これが全てだったのだ。

 ノートの最後のページに、少しだけ字が乱れている箇所があった。


 ――最近、冷たい。

 ――なんで。

 ――ちゃんと出来なかった?

 ――それでも、私は――


 そこから先は、書かれていなかった。

 私は、ノートを抱えたまま、しばらく床に座り込んでいた。

 娘が見ていた世界が、頭の中に流れ込んでくる。

 自分のせいで、娘は自分と同じような生き方をするようになってしまったのだろうか。そして、「あの人」とであったのであろうか。

 そして、ゆっくりと、一つの考えが形を持ちはじめた。

 ――この人が、この男が、娘を壊したのではないか。

 それが真実かどうかを、確かめる術はもうない。でも、その時の私には、それで十分だった。


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