第4話
神谷くんが行った高校は甲子園常連校。選手の大半は寮生活をしているらしく、神谷くんも例外ではない。
そんな彼らが帰省してくるのは、お盆と年末年始のみだそうだ。
そのことは将来の高校球児となるであろう弟から聞いて知っていたけれど、だからといって新年早々神谷くんに呼び出されるとは思っていなかった。
「神谷くん!」
慌てて駆け寄ると、神谷くんは顔を上げた。ばちっと視線が合ったけれど、もう前ほど彼のことが怖くなかったので、私は彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「中原」
「ご、ごめんなさい、遅くなって」
「別に。呼び出したの俺だし」
私はコートにマフラーにホッカイロと非常に厚着をしているけれど、神谷くんは上下ジャージだけだった。胸元には神谷くんが通っている高校の名前が書いてある。野球部専用のジャージだろうか。神谷くんによく似合っている。
神谷くん、背が伸びたな。体つきもとてもたくましくなった。毎日過酷な練習に耐えているというのが、彼の成長した見た目からよく分かった。そんなこと声に出したら気持ち悪がられるので、胸の中にしまっておく。
「行くか」と、神谷くんが歩き出す。私は慌てて彼の半歩後ろを歩く。隣に並ぶ勇気はさすがにない。もし地元の友達に会ってしまっても、「たまたま会ったんだよ」とごまかせるように距離をとってしまう。だって誰がどう考えても、私なんかと神谷くんが並んで歩くのはおかしいことだ。
神谷くんが立ち止まったのは、近所の小さな神社だった。近くにはもっともっと大きな、とても有名な神社があるのに、彼が選んだのはここだった。年始だというのに周りに誰もいない。とても静かで心地よかった。
「ここ、毎年来るんだよな」
「そうなの?」
「誰もいないから落ち着く」
「……そうだね。私も落ち着く」
ここなら知り合いも来ないだろう。堂々と神谷くんと話ができる気がした。まあ、私ごときが神谷くんに言える話題なんてないんだけれど。
神谷くんは鳥居の前で一礼し、境内を堂々と歩いていく。私も倣って一礼し、慌てて彼の後を追う。
神谷くんと初詣に行くというのは、とても家族には言えなかった。だって神谷くんは我が家のスター選手だ。父も弟も神谷くんの虜になっている。そんな中で神谷くんに呼び出されたなんて言ったら、もう大変なお祭り騒ぎになる。だから家族には適当に誤魔化してここまで来た。
なんで神谷くんは私に声をかけたんだろう。神谷くんと一緒に初詣に行きたい人なんてたくさんいるはずだ。神谷くんは滅多にこっちに帰ってこれないんだからなおさら。
最初は他にも人がいるのかと思ったけれど、待ち合わせ場所にいたのは神谷くんだけだった。それが何を表しているのか、ちゃんと考えればわかるはずなのに、臆病な私はわざと気づかないふりをする。
二礼二拍手一礼、私はちょっと曖昧だったけど神谷くんは完璧で、堂々としていた。両手をぴったり合わせて目を瞑る彼は、同い年とは思えないくらい大人びていた。
「何をお願いしたの?」
「なんでもいいだろ」
「……甲子園優勝とか」
「神頼みとかダセェ」
「あは、そっか」
思わず笑うと、神谷くんはちらりとこちらを向いた。怒られるかと思い身を小さくするけれど、神谷くんは小さく笑っただけで何も言わなかった。
……やっぱりなんか、大人になったな、神谷くん。
不意に強い風が私たちの間に吹いた。神谷くんが大きなくしゃみをする。
「神谷くん、寒くないの?」
「ランニングしながら帰るし、こんくらいがいいんだよ」
「でも……」
どう見ても薄着だ。運動するのだから厚着もよくないんだろうけど、それにしても寒そうで見てられない。
ふと思いついた私は、自分がしていたマフラーを外した。背伸びをして彼の首にそれをかける。目を見開いている神谷くんと目が合った。
「これあげる」
「……は」
「帽子もらったまんまだったから。使って」
「……」
「……」
あれもしかして私結構気持ち悪いことしてる?
冷や汗がだらだら伝う。え、普通にやばい。使用済みのマフラーを同級生の男の子にあげるとか気持ち悪すぎる。死にたい。
私は慌ててマフラーの端をギュッと握った。ぎょっとした神谷くんが後ずさる。
「あっ、あの、ごめん」
「あ?何が」
「き、気持ち悪いよね、ほんとにごめんなんでもない返して」
「あ!?」
神谷くんは身体をひねって私の手から逃れた。
そして、マフラーをギュッと首の後ろで結ぶ。
「……じゃ、もらう」
「え……」
「帽子と交換な」
神谷くんが笑う。大きな目がきゅっと細まって、可愛らしい笑顔になった。
そのとき私は、こんな神谷くんの顔を知っているのは自分だけでいいなんてひどいことを思ってしまった。
私がしていたベージュのマフラーは、神谷くんにとても、とてもよく似合っていた。
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