第3話



神谷くんは本当に甲子園に出た。1年生で。その年のレギュラーメンバーで唯一の1年生だった。

そしてその第1試合で、彼は1人で5失点した。



「惜しかったなあー。千尋の中学の同級生ってのがあの先発の子だろ?」


「……うん」


「やっぱりなあ、1年生はメンタル面がなあ……。でもストレートの質は良かった。ボール球連発しなければな。何はともあれストライク取らんことにはな」


「……そうだね」


「でもまだまだ伸びるぞ、彼は!1年生なのに素晴らしい。来年はもっと伸びる!」




父親の言葉は全部右耳から左耳に流れていく。私の頭の中は、マウンドの上で悔しそうに項垂れる神谷くんでいっぱいだった。




中3のとき約束したとおり、私は甲子園を見に行ったし、神谷くんは甲子園のマウンドに立った。彼は早くも有言実行した。



だけど彼らにとって「甲子園のマウンドに立つ」だけではだめなのだ。それが、客席から見た彼の表情から痛いほどわかってしまった。



神谷くんの高校は1回戦敗退となった。客席の私たちに向けて深く深く頭を下げる彼は、とても私と同い年の少年とは思えなかった。




私は何度もポケットに入れてあるスマホを見る。神谷くんにかける言葉を迷っていた。野球どころか運動に何も触れてこなかった私が、ただの元クラスメイトの私が、神谷くんに軽々しく言葉がけをしていいわけがなかった。けれどこのまま知らんぷりをするのも気持ちが落ち着かなくて、ずっとずっと迷っている。




日差しが肌を焦がす。私は冷たい飲み物を飲んで、制汗剤を常備して、小型の扇風機なんかを持って客席に座っていただけ。神谷くんが立っていたあの場所はどれだけ暑いのだろう。




私は無言で隣を歩く弟に目をやった。4歳下、小6の弟は、神谷くんがかつていたチームに所属している。弟はキャッチャーだけれど、やはり神谷くんは憧れの的だそうだ。



「ねえ」


「なに」




弟もとても悔しそうだ。同じ野球選手同士感じるものがあるのだろう。少なくとも、私より弟のほうがずっとずっと神谷くんに近い。




「もしあんたが今日の神谷君だったら、なんて言われたら嫌だ?」



そう聞くと、弟はぎゅっと目に力を込めた。眉間に皺が寄りすぎている。




「ほっとけって思う。何言われてもやだね」


「…………そっか」


「ねーちゃんも余計なことしないほうがいいよ」




そっか、そうだよね、わかったようなこと言われるのは嫌だよね。



私は頭に乗っている帽子のツバをぎゅっと握る。風に飛ばされないようにと何度も何度も手で押さえたそれは、しょっちゅう手洗いしてるからぴかぴかだ。



「でもさあ」


弟が不貞腐れたまま言う。


「何も言われないのはそれはそれでムカつくかも」



……………難しいな、球児って………。









迷いに迷った末、私はひと言だけ神谷くんにメッセージを送った。



ちなみに神谷くんの連絡先を持っているのは私が教えてと言ったわけじゃない。そんな恐ろしいこと言えるわけがない。神谷くんのほうから「俺の連絡先今持っとかないと後悔すんのはお前」と言ってきて強制的に交換させられたのだ。これが普通の男子だったらまじでイタいんだけど、神谷くんほんとに結果残してるからな……。神谷くんが言ったとおりな気がする……。




送信ボタンを押してすぐにスマホを伏せる。通知もオフにする。連絡が来てないかってソワソワする自分が嫌だから。



返信はなかなか来なかった。送った当日は落ち着かなかったけれど、3日も経てば神谷くんのことを考える時間のほうが少なくなっていき、私は日々の高校生活を忙しなく送っていた。




返信が来たのは、私がメッセージを送ってから1週間後だった。たったひと言来たそれに、私は思わず笑ってしまった。




『来年も見に行くね』


『当たり前』

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