第2話 キャンディ:ずっと君のこと

 ここにいる友達はみんな、そろって一緒の中学に行くんだと思ってた。これからもずっと、同じ日々を送るんだって。


「私、違う中学行くんだ」


 帰り道。ランドセルの揺れる音と一緒に、なぎの声がさらりと落ちた。

 一瞬で空気が止まった気がした。


 なんで?


 そう言いかけて、言葉を飲み込む。理由なんて、聞いてどうするんだ。


「……どこ?」

「N中等。中学受験したの」


 N中等といえば、県内唯一の県立中高一貫校。すごく頭がいい学校だって、聞いたことがある。

 でもまさか、こんな田舎からあそこに行く人がいるなんて。


 それが、なぎだなんて。


「そう……なんだ。頭いいもんな、なぎ」

「はるとだって、受けてたらきっと受かってたよ」

「俺はそんな頭良くないよ。いつもおまえにテスト負けてただろ」


 なぎは、勉強も運動もできる天才だった。少なくとも、この田舎ではダントツの。

 俺は負けるのを分かっていて、いつもテストがあるたびになぎに勝負を挑んでいた。持久走も、腕相撲も。給食の早食いですら。

 そうやって、なぎに話しかけにいっていた。


 それももう、あと一ヶ月。


「N中等って遠いよね。引っ越すの?」

「うん。さすがに、ここからは通えないから」

「……そっか」


 それから、なぎは何も言わなかった。俺も何も言わなかった。

 何を言えばいいのか、わからなかった。



 次の日から、俺はもっとなぎに話しかけようと思った。あと一ヵ月で、たくさん思い出を作ろうと。


「なぎ!」

「なに?」


 だけど、なぎを目の前にすると、どうしたらいいのかわからなくなる。

 いつも通りでいいのに。なぎは、いつも通りそこで微笑んでいるのに。


「……今日も、一緒に帰ろうぜ」

「なにそれ。いつも通りじゃん」


 なぎは、変わらない笑顔で言った。



 俺が何もできないまま、その日はやってきた。


 卒業式を終え、最後のホームルームも終えた俺たちは、校庭で話したり写真を撮ったりしていた。

 唯一、違う中学へ進学するなぎは、いつだってたくさんの人に囲まれていた。


 俺は、彼女に話しかけるタイミングを失っていた。いつもは、あんなに簡単に話しかけれてたのに。

 なぎと話せるのは、これで最後かもしれないのに。


「はーると!」


 急に声をかけられて、我に帰る。


「……なぎ。もういいのか、みんなとは」

「うん、いいの。はるとと、話したかったから……」


 そう言ったものの、なぎはそれきり黙ってしまった。

 心なしか、いつもより少し顔が赤い気がする。


「写真、撮ろうぜ」

「いいけど、どこで?」

「うーん、そうだな」


 俺は、校庭を見回す。


「あそこにしよう。桜の木の下。母さん呼んでくるよ」


 俺は、カメラを持った母さんを連れてきた。それから、なぎと二人で、桜の木の下に立つ。


「ほら、はると。もっと寄って! なぎちゃんも!」


 俺は言われるがまま、なぎに近づく。肩どうしが触れて、胸がキュッとなる。ドキドキする胸の音が、なぎにまで聞こえちゃうんじゃないかってくらい。


「はい、チーズ」


 いくつかシャッター音が聞こえる。

 このまま、時間が止まればいいのに。ずっと、なぎと、離れずにいれたら。


「はい、終わり。それじゃあ、母さん先に戻ってるね」


 そう言いながら、母さんは俺に包装したお菓子の缶を手渡した。それから、わざとらしくウィンクしてみせて、去っていった。

 母さんにお礼を言ったあと、なぎは桜の木を見上げていた。なんだか、今にも消えてしまいそうな顔をして。


「どうした? なぎ」


 なぎは降ってきた花びらを一つ、手の上に乗せた。


「私ね、N中等に受かって嬉しかった。みんなにすごいって言ってもらえて。だけど、今は違う。やっぱり、寂しいよ。みんなと一緒に、中学行きたかった」


 顔を上げたなぎは、目を潤ませていた。いや、泣いていたかもしれない。

 あんなに強くて明るいなぎが泣くなんて、思ってもみなかった。その姿に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「これ、やるよ」


 俺は、母さんに渡されたお菓子の缶を差し出す。

 なぎは赤くなった目をこすりながら、それを受け取る。


「なに?」

「キャンディ。すぐそこの、ケーキ屋に売ってるやつ」


 それを聞いて、なぎはふふっと笑った。


「なんで、ケーキ屋でキャンディ? クッキーとかフィナンシェとか、あったでしょ」

「なんでもいいだろ」


 一緒に買いに行った母さんが、教えてくれた。異性にキャンディをあげる意味。


『飴はね、ずっと口の中に残るから、“長く想ってる”って意味になるんだって』


 だけど俺は、それを言えない。


「ありがと。私もあげるよ、これ」


 なぎがポケットから取り出したのは、小さな白い封筒だった。

 ドキッとした。女の子に手紙をもらうのなんて、初めてで。


「あとで読んでね」

「……うん、分かった。ありがとう」


「それじゃあ、私、そろそろ帰らないと。お母さん待ってるから」


 なぎは、そう言った。それなのに、そこを動こうとしない。


 言わないと。いま言わないと、きっと後悔する。

 わかっている。自分でもわかっているんだ。だけど、口をついて出たのは、違う言葉だった。


「うん。元気でな」


 なぎは頷いた。その顔は、いつもとはどこか違う、寂しそうな笑顔だった。


「バイバイ、はると」


 なぎは後ずさるように、ゆっくりと俺から離れていく。それから、背中を向けて歩き出した。

 俺は大きく息を吸い、それを一気に吐き出すように声を出した。


「俺のこと、忘れんなよ!」


 なぎは立ち止まった。それから一拍おいて、勢いよく振り返った。桜の花びらが舞う。


「はるともね!」


 なぎは、ふわりと笑った。いつもみたいな、元気いっぱいの笑顔で。そして、手を振って、背を向ける。

 俺は、その姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。


 気づけば、俺の頬は濡れていた。まだ、心の準備なんてできてなかった。なぎと、離れ離れになる準備なんて。

 そこでふと、さっきもらった手紙のことを思い出した。木の陰で、そっと手紙を開く。



———


はるとへ


今までありがとう。

一緒に遊んだのも、テスト勝負したのも、すごく楽しかった!

お別れは寂しいけど、また遊ぼうね。


ずっと、好きだったよ。


なぎより


———


 それは、すっかり見慣れた、きれいな字だった。


 俺は走った。キャンディだけじゃダメだ。ちゃんと伝えなきゃ。口に出して、言わなきゃ。

 だけど、もうなぎはどこにもいなかった。


 俺は、もう一度手紙に目を落とす。


 春休みのうちに、なぎが引っ越す前に、現像した写真を渡しに行こう。それで、キャンディの意味をちゃんと伝えるんだ。

 今度は逃げない。なぎが、まっすぐに伝えてくれたから。


 "ずっと、君のことが好き"って。

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思い出すのは、あの食べ物と君のこと 雀野ひな @tera31nosuke

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