思い出すのは、あの食べ物と君のこと
雀野ひな
第1話 チョコブラウニー:君の本命
『ねえ、チョコほしい?』
美月からメッセージが届いたのは、ちょうど日付が変わった頃だった。デジタル時計の右下に、二月十四日と表示されている。
『ほしい!』
俺は速攻で返信する。既読はすぐについた。
『じゃあ、放課後にでもあげるね』
メッセージとともに、可愛らしいネコがウィンクしているスタンプが送られてくる。
俺はスマホを持ったまま、布団に飛び込む。顔がにやけるのを止められないのに、ふと、ため息がひとつ漏れた。
美月とは同じバスケ部で、クラスも去年から同じ。よく気が合って、性別の違いなんてないみたいに仲がいい。
だから、彼女のいろんなことを知っている。明るくて、誰からも好かれる人気者なこと。バレンタインみたいなイベントごとは率先して楽しむタイプなこと。たくさんの男子に告白されてきて、全て断っていること。
本当に好きな人に対しては、不器用になってしまうこと。
どうして、わざわざ「チョコ欲しい?」なんて聞いてきたんだろう。どうせ、クラス全員分のチョコレートを持ってくるだろうに。
俺にだけ、特別なのをくれたりするんだろうか。
そんな期待をしてしまう。でも違う。分かってる。
美月の好きな人は、俺じゃない。
放課後、美月は大きめの紙袋を持って、手際よくクラスのみんなにチョコを配り始めた。きっとあれはブラウニーだ。
全員に配り終わって、それからやっと、俺の方へやってきた。
「たーかし! チョコあげる」
美月は、いつものように明るく笑いかける。本当に、可愛らしい笑顔で。
「えっとねー、たかしはこれ!」
彼女は、紙袋の中から一つ、ラッピングされたブラウニーを取り出した。透明な包装越しに見えるブラウニーは、他のみんなのよりもたくさん入っているように見える。
「増量サービスだよ。たかしは特別!」
俺はそれを受け取りながら、何も言えずにいた。
期待していいんだろうか。このブラウニーに、特別な意味があるって。
さりげなく、美月の紙袋の中をチラリと見る。そこには一つだけ、丁寧に包装されたブラウニーが見えた。
赤いリボンが付いていた。金色のシールみたいなのも見えた。すぐそばに、手紙らしきものも。
——ああ、違う。俺のは、特別じゃない。
「これ、ちょうだいよ」
俺は紙袋の中を指さして言う。
「あ、これは……ダメだよ」
美月は隠すように、紙袋をぎゅっと抑える。
「なんで?」
「わかってるくせに。バカ」
美月は少し頰を膨らませ、それから、顔を赤らめてはにかんだ。
あいつの話をする時だけに見せる、その顔で。
「ごめんごめん、冗談だよ。ありがとう」
俺は精一杯笑って見せる。
「それ、いつ渡すの? 今から?」
美月は小さく首を振った。
「ううん、部活のあと。正門前で、待ち合わせしてるの」
そういえば、去年もそうやって渡してた気がする。あいつは受け取るだけ受け取って、ホワイトデーには美月に何も返さない。
それなのに、どうして今年も渡そうと思うんだろう。叶わないって分かってて、どうして。
「なら、一緒に部活行こうか」
「うん」
俺はリュックを背負い、美月とともに教室を出る。
隣を歩く美月は、いつもと違って無口だった。緊張しているのだろうか。それもそうか。本命だもんな。
なんで、義理チョコなんてあるんだろう。
だって、そうじゃないか。本命チョコしかなかったなら、俺は変な期待をしなくて済んだのに。
俺は歩きながら、シンプルな包装を開けてさっきもらったブラウニーをかじった。
「美味しい?」
美月は、少し不安そうに顔を上げる。
甘くて、苦い。
美味しいのに、苦しい。
胸が、痛い。
「めっちゃうまいよ」
俺の言葉を聞いて、美月は嬉しそうに笑う。
「よかった!」
義理はもういらない。本命じゃないなら、こんなのいらない。そう言ってやろうと思った。
それなのに。
「来年は、もっと大きいのちょうだいよ」
俺も俺だ。叶わないって分かってて、今年もこれを受け取ってしまった。ホワイトデーにも、高級チョコを返したりなんかして。
それでもまた、来年も笑って受け取るんだろう。
君の、本命じゃないチョコを。
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