第2話 声を聞いた人々



 被害者たちの証言を集めているうちに、私はある種の規則性に気づいた。


 彼らは皆、「声そのもの」について語ろうとしない。


 声の主が誰であったか、男か女か、若いのか老いているのか。そうした要素は、なぜか誰一人として言及しない。彼らが語るのは、声の質感、距離、温度――つまり、極めて感覚的な部分だけだった。


 「耳の奥が、くすぐったくなった」

 「濡れた布を当てられたみたいだった」

 「中から、撫でられる感じがした」


 私は取材ノートを閉じ、しばらく指先を見つめた。自分の指が、他人のもののように思えた。果たしてこれは、正常な人間の言葉なのだろうか。それとも、死に近づいた者特有の錯乱なのか。


 だが、三人が三人とも、同じ錯乱を起こすだろうか。


 事件現場を地図に落とし込んだとき、答えの一端が見えた。

 すべて、沼に近い一帯で起きている。


 あの地域は、古い。地図の上ではただの住宅地だが、実際には旧家が多く、土地の人間関係も閉じている。よそ者は、いまだに「外の血」と呼ばれる。


 私は幼いころ、年寄りから聞いた話を思い出した。


 ――夜道で声を聞いたら、決して振り返るな。


 迷信だと笑っていた。

 だが今、その言葉は、私の耳の裏に貼りついて離れない。


 取材の帰り、私は無意識に沼の方へ足を向けていた。水面は夕暮れの空を映し、静かすぎるほど静かだった。風もなく、虫の声すらない。


 その静寂の中で、確かに聞こえた。


 「……まだ、聞いているのか」


 私は立ち止まった。

 周囲を見渡す。人影はない。


 それでも、その声ははっきりと私の耳に触れていた。遠くもなく、近すぎもしない。ちょうど、思考と感覚の境目に滑り込んでくる距離。


 その瞬間、私は気づいてしまった。


 被害者たちが恐れていたのは、声そのものではない。

 声を聞いている自分自身だったのだ。


 帰宅後、私は録音機を机に置いた。

 理由は分からない。ただ、残しておかなければならない気がした。


 再生ボタンを押す勇気は、まだない。


 だが私は知っている。

 いずれ、その中から聞こえてくる声が、

 決して初めて聞くものではないことを。

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