第3話 共犯

 目を覚ますと、知らない天井があった。


 薄暗い部屋。埃っぽい匂い。窓から差し込む弱い光。

 ——ここは、どこだ。


 体を起こそうとして、左腕に鋭い痛みが走った。


「お目覚めですか」


 声のした方を見ると、レイドが立っていた。

 いつもの営業用の笑みを浮かべている。


「……私は、死んだのではないのか」


「いいえ。お嬢様は生きておいでです」


「だが、お前は——私を刺した」


「いいえ」


 レイドは自分の左腕を見せた。

 包帯が巻かれている。血が滲んでいる。


「刺したのは、私自身の腕でございます」


 私は呆然とした。


「……どういうことだ」


「子爵の目の前で、お嬢様を殺したように見せかけました。私の体でお嬢様を隠し、自分の腕を刺し、その血をお嬢様の服に塗りつけた」


「では、あの時——」


「お嬢様には、本当に死んだふりをしていただく必要がございました。演技では子爵を騙せません。本気で死を覚悟していただいたからこそ、子爵は信じた」


 私は自分の服を見た。

 血の跡がこびりついている。だが、傷はない。


「……最初から、こうするつもりだったのか」


「ええ。お嬢様をお守りすると申し上げました。あれは本心でございます」


 レイドは深々と頭を下げた。


「恐怖を味わわせてしまい、申し訳ございませんでした」


 私は黙っていた。

 怒りが込み上げる。騙された。弄ばれた。私の恐怖は、あの男の芝居道具だった。


 だが——生きている。

 あの男は、私を守った。歪んだ方法で、だが確実に。


「……ガモは」


「店ごと燃やしました。子爵は『王女は死んだ』と信じて、正妃に報告したはずです」


「それで、終わりか」


「いいえ」


 レイドは窓の外を見た。


「明日にでも、王都に噂を流します。『王女アリアは生きている』と」


「……何?」


「『正妃派閥への告発を準備している』——そんな噂を、王都中に広めます」


 私は息を呑んだ。


「それを聞いた正妃は——」


「ガモ子爵が裏切ったとお思いになるでしょう。王女を殺し損ねたのか、あるいは隠しているのか。どちらにせよ、処分対象でございます」


「……ガモは、お前にハメられたことにも気づかないまま、消されるのか」


「そうなります」


 レイドは淡々と答えた。


「お嬢様のお命を狙った報いでございます。因果応報と言うべきでしょう」


 私は複雑な思いで、あの男を見つめた。


 あの時見た目を、思い出す。

 氷のように冷たく、凄まじい憎悪が燃えていた目。


 ——あれは何だったのだ。


「……お前の目的は、やはり家名の回復なのか」


「もちろんでございます」


 レイドは微笑んだ。


「私はヴァルムス伯爵家の生き残り。いつか家名を取り戻し、父の名誉を回復する。それが私の夢でございます」


 嘘だ、と思った。

 あの目は、「家名回復」などという生易しいものを見ていなかった。


 だが、追及はしなかった。

 あの男の本心が何であれ、今の私には関係ない。生き延びることが、最優先だ。


「……これからどうする」


「しばらく、身を隠していただきます。正妃派閥の動きを見て、次の手を考えます」


「長い戦いになりそうだな」


「ええ。ですが、私がお守りいたします。正妃派閥が崩れるまで、何年かかろうとも」


 私は窓の外を見た。

 王都の街並みが、遠くに見える。


「……利用し合う関係、か」


「はい?」


「お前は私を駒にするつもりだろう。『死んだはずの王女』は、正妃派閥を揺さぶる切り札になる」


 レイドは何も言わなかった。


「構わない。私も、お前を利用する。正妃派閥が崩れれば、私の居場所も生まれる」


「……ありがとうございます、お嬢様」


 レイドは深々と頭を下げた。


         ◇◇◇


 三日後。


 王都に噂が流れた。

 「王女アリアは生きている」「正妃派閥への告発を準備している」——そんな噂だ。


 一週間後。


 廃屋に戻ったレイドが、報告をした。


「ガモ子爵が追放されました。領地没収、爵位剥奪。追手もかかっているそうです」


「……お前の計算通りか」


「恐れ入ります」


 レイドは頭を下げた。


「これで、お嬢様を狙う者が一人減りました」


「だが、まだ終わりではない」


「その通りでございます。正妃派閥は、まだ健在です」


 私は窓の外を見た。


「……長い戦いになるな」


「ええ。ですが、一歩ずつ進めば、いつか必ず」


 レイドの声は、いつも通り穏やかだった。


         ◇◇◇


 夜。


 アリアが寝静まった後、俺は一人で廃屋の窓から王都を眺めていた。


 ——やっと、一匹目だ。


 ガモ子爵。正妃派閥の末端。

 あれは只の駒に過ぎない。


 だが、これは始まりだ。


 十年前。

 父が「反逆罪」の濡れ衣を着せられ、処刑された日のことを、俺は忘れたことがない。


 領地は没収された。

 家族は散り散りになった。

 俺は——十二歳のガキは、処刑の対象にならなかっただけだ。


 あの日から、俺は復讐だけを考えて生きてきた。


 名前を変えた。顔を変えた。

 王都の裏路地で情報屋を始め、十年かけて網を張った。


 全ては、この日のためだ。


 家名の回復?

 そんなものに興味はない。


 俺が欲しいのは、父を陥れた連中の首だけだ。


 宰相。

 正妃。

 その取り巻きども。


 ガモは只の末端だ。あいつらの手駒に過ぎない。

 本当に潰したいのは、もっと上にいる。


 だが、焦る必要はない。

 十年待てた男だ。あと十年でも二十年でも、待ってやる。


 王女は使える駒だ。

 「死んだはずの王女が生きている」——この噂は、正妃派閥にとって最悪の悪夢になる。何度でも使える。何度でも揺さぶれる。


 あの女は俺を「家名回復を夢見る没落貴族」だと思っている。

 そう思わせておく。その方が、使いやすい。


 そして、派閥の中に疑心暗鬼が広がれば——内側から崩れていく。


 一匹ずつ。

 確実に。

 お前たちを地獄に落とすまで——。


「復讐は、これからだ」


 俺は呟き、夜明けの空を見上げた。



【完】



ーーーーーーーーーー


最後までお読みいただきありがとうございます。

本作は読切として作りましたが、評価や感想などの反応次第で、長編化も考えています。


そして、この「ハッタリと覚悟」が刺さった方へ。

このハッタリで、国まで救ってしまう男がいます。


『隻腕の代理王 ~側近たちが見た、詰み盤面からの逆転劇~』【1/28 完結予定】

https://kakuyomu.jp/works/822139842908556081


弱小国の若き王が、知略と覚悟だけで大国を退ける物語。

ぜひ、覗いてみてください。

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【読切短編】「私を守れ」と言った王女を即座に敵へ売った。嘘とハッタリで国を欺く、情報屋の十年越しの復讐劇 Lihito @ryoma_

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