第十一話:新しい器、はじまりの春
高校に入学して数日が経ち、私は放課後の美術室を訪ねた。
面接であの「バケツ」の話をしてから、私の中に一つの決意が生まれていた。おじさんが土の上に描いたあの「線」を、今度は私がキャンバスの上に繋いでいきたい、と。
放課後の美術室は、油絵の具と木炭の匂いが混じった独特の静けさに包まれていた。
私は、入部希望者が記入する名簿の、一番最後に書かれた名前に目を奪われた。
『
おじさんの名前、「半」の文字が入った、少し古風な名前。
心臓が、跳ねる。顔を上げると、窓際の席で一本の古いステッドラーを手に、重信川の土手をスケッチしている男子生徒がいた。
「それ。じいちゃんの代から使いよる、大事なやつなんやろ?」
思わず口から出たのは、いつもの伊予弁だった。
彼は驚いたように振り返った。その顔は、
「なんで知っとるん? これ、美術の道に進んだじいちゃんが、ずっと宝物にしとったやつなんやけど。高校でもこれを使って、いい絵を描けって渡されたんよ」
彼は不思議そうに笑い、自分の右手を後頭部にやった。
その手の甲には、薄い引っかき傷があった。それはあの日、激流の中で私を助けようとして、
「探しとったんよ。それ、四百年分の大事なバトンやけん。絶対、失くしたらあかんよ」
私はポケットの中で、おじさんから預かった「あの日の感触」をそっと握りしめた。
彼はきょとんとしていたけれど、
「変なこと言うね。あ、俺、隣のクラスの足立。よろしく、高橋さん」
とはにかんだ。
窓の外、遠くに見えるマサキモールの屋根。
半助おじさんが守り、
私たちの物語は、ここからまた、新しく溜まっていくんだ。
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