第十話:名前という「器」に溜まるもの
三人の面接官を前にして、背中が少し汗ばんでいた。
(落ち着け。じいちゃんが言ったみたいに、語尾に気を付けて、ゆっくり喋るんよ)
私は心の中で自分に言い聞かせ、慣れない標準語を慎重に選んだ。中央の女性面接官が書類をめくり、問いかける。
「小論文の『消えない地名』について伺います。拠点が移っても変わらぬ『音』に、なぜ意味があると考えましたか?」
私は膝の上で、そっと自分の指先を握った。そこには、あの日の泥の冷たさと、おじさんの手の熱が、まだ残っている気がした。
「はい。
面接官が、不思議そうに顔を上げた。「バケツ、ですか?」
「はい。嘉明さんが『松山』というバケツを作ったとき、みんなそっちに注目しました。でも、もともとあった『まさき』っていうバケツを、そこに住む人たちは決して捨てませんでした。四百年前におじさん足立半助さんと一緒に泥を
面接官は私の言葉を
「なるほど。地名という『器』に、形のない記憶が保存されてきた、ということですね」
「はい。そうです! その『器』があったからこそ、私たちは四百年経っても、『まさき』という音を聞くだけで、会ったこともない昔の人と繋がれるんだと思います。地名は、未来へ想いを届けるための器なんです」
最後は標準語であることを忘れて、少し声が弾んだ。面接官が、ふっと表情を和らげる。
「公的な記録には残らないけれど、とても大切な視点ですね」
会場を出ると、冬の空はどこまでも青かった。
私は、おじさんが守ったこの「器」のなかに、今度は私自身の毎日を溜めていこうと思った。
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