第七話:月下の誓い、半助の予感

 出合であいの激突を制した夜。勝利の歓喜に沸く現場とは対照的に、正木まさきの町外れにある半助おじさんの屋敷は、しんとした静寂に包まれていた。


 半助おじさんは、連日の不眠不休と激流での無理が祟り、高熱を出して伏していた。みなとが未来から持ってきた解熱剤も、抗生剤もない。彼女ができるのは、濡れた手拭いで彼の額を冷やすことだけだった。


「湊、おるか」


 意識を取り戻した半助が、熱に浮かされた瞳で湊を見つめた。


「ここにおるよ、おじさん。今はもう喋らんでいいけん。川は、ちゃんと流れたから」


「違う。湊、よく聞け」


 半助は、湊の手を、熱いてのひらで握りしめた。


「お前は、『国』から来たのではないな。あのステッドラーという青い杖が引く、狂いのない線。それは、遠くの地ではなく、『ここ』の、ずっと先の姿なのであろう?」


 湊は息を呑んだ。この人は、技術者としての本能で、私が「未来という完成図」から逆算して動いていることを見抜いていたのだ。


「ごめん、おじさん。私」


「謝るな。わしは、己の仕事の『答え』を先に見せてもらったのだ。だが、湊。その景色を守るのは、わしではない。そこに住む、四百年後のお前たち自身なのだ」


 半助は格子こうしの外、月光に照らされた伊予川いよがわつつみを見つめた。


「わしは、この川に自分の名を残すつもりはない。川が『半助』と呼ばれれば、民は慢心する。たとえわしがいつか死に、この身が土に還っても、この堤を、民が自ら守り、語り継ぐ『心』にしておきたいのじゃ。わしの名は捨ててよい。だが、お前が引いたあの『消失点パース』。その線だけは、次の四百年へ、繋いでくれ」


 湊は、その手を力強く握り返した。


「分かった。おじさん、約束する。私が誰かに繋ぐ。この川が、ずっと穏やかであるように。おじさんがこれから作る『松山』が、ずっと続くように」


 半助は満足げに、深く息を吐いた。


 死の淵から引き返した男の瞳には、これから二十年以上かけて築き上げる「松山城」と城下町のパース図が、湊の瞳と同じように映っていた。

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