第五話:石手川の分断と、届かない手

 工事はさらに過酷な局面を迎えていた。暴れ川――石手川いしてがわの流れを、無理やり西へ向ける巨大な分断工作だ。


「おじさん、顔色ほんとに悪いよ。休んだら?」


「案ずるな。りゅうがまだ暴れておるのに、眠れるはずがなかろう」


 私はスケッチブックを開いた。そこには、美術部で練習した水の動きのクロッキーが描かれていた。


「おじさんの作ろうとしとる堤防は、線が固すぎるんよ。これじゃあ水と喧嘩してしまう」


 私の指が、スケッチの上で鋭い直線をなぞる。


「筆でサッと線を引くみたいに、ゆっくりカーブさせんといけん。泥の色が濃いところは力が強いけん、そこを避けて、優しく外に逃がしてあげるんよ」


 それは、流体力学でいう「整流」の概念を、直感的に言い換えたものだった。 「流を、なすか。力で押さえるのではなく、龍の向かいたい先を、少しずつズラしていくのだな。雪之丞ゆきのじょうくいを打ち直せ! みなとが描いたこの『筆跡ひっせき』のような曲線を作るのだ!」


 おじさんの指示が飛び、現場が動き出す。美術部の「観察の目」が、戦国時代の土木を塗り替えていく。


 けれど、私は見てしまった。指揮を執るおじさんの指先が、わずかに透け始めているのを。

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