『贄』
「どうしたんだエレノア」
「いいから座って」
広場のベンチにオーヴィルを座らせ、私も隣にぽすんと腰を下ろす。ちなみに、あのぶっ飛んだ値段の服は既に着替えていた。あんなの着ていたら、怖くて街の中も歩けやしない。
さて、私に引きずってこられたオーヴィルは、何やら不満そうな表情を浮かべていた。なんとこやつ、自分の何が悪かったか全く理解していないらしい。
「ねえ、初デートって設定じゃなかった? 私、1年ほど時間飛ばしたのかと思ったよ?」
「何回目だろうが、俺にとってはいつも本番だ」
「かっこよく言わないで!」
「で、どうだった? 結婚したくなったか?」
あらためて、さっきの出来事を思い返してみる。お店の雰囲気は良かったし、ムードもまあ、あった。誰もいない、鐘の音が鳴り響くチャペルは荘厳だったし、オーヴィルに手を引かれて階段を下りていくときはちょっぴりドキドキしたのも事実。
……しかし。
「なんかね、茫然とした。状況についていけなくて。ほら、マラソン大会でスタート直後なのに全力疾走する人ってたまにいるじゃない? ああいう人を見たときみたいな気分」
「よくわからないが、それはいい印象なのか?」
「いい悪い以前の問題かなぁ」
なるほど、とオーヴィルは鷹揚にうなずいた。素直。私は心の中の「オーヴィルの良かった探し帳」に1つ丸を付ける。
「反省した。次はもう少し凝ったものにしてみよう」
「今のを反省できてたら、その目標は出てこないんだよねえ」
私は、心の中の「オーヴィルのここは直そう帳(5冊目)」に1つ注記を付け加えた。『わからないまま頷くことがよくある』。
「なら、今日は解散か?」
「うーん……せっかくだし、普通に街を回らない? 普段着に着替えてさ」
「……ああ! そうだ、それがいい!」
「何その力の入り具合」
勢いよく立ち上がり、こちらに手を差し伸べてくるオーヴィルは、今日初めて、笑った。緊張していたんだな、ということを、その時私はようやく理解した。
「そういえば、街の中で手をつなぐのとかは、やっぱりやめとかない? オーヴィルの本命の人がさ、後で聞いたら気分壊すかもしれないでしょ?」
「俺は気にしない」
「私が心配してるのは相手が気にするかどうかなんだよねえ。正直、結構最低だと思うよ」
すると、オーヴィルはひどく挙動不審にそわそわとした様子になった。自分の手を見つめたかと思うと、私の顔へ視線を動かし、なにやら絶望した表情を浮かべる。
「エレノアはそういうの、気になるのか?」
「私はあんまり気にしない方だけど」
「なら大丈夫だ。そっくりだから」
「そこまで責任取れないよ⁉ 絶対つながないからね!」
結局、街の中で私の手を意地でも取ろうとするオーヴィルと、振り払おうとする私を、街の人たちはなんだか不思議な物を見るような、生暖かい目で見ていた、気がする。素直に手をつなぐのとどちらが良かったかは、判断に迷うところだ。
さて、その後、街の一角でお祭りがやっていたので出店を巡ったり、ウインドウショッピングをしている最中。オーヴィルがちょっと気になることを口走った。スルーしてしまいそうだったけれど、ギリギリで聞き直せた自分をほめてあげたい。
「ねえ、オーヴィル。そろそろ振りほどくのも疲れたんだけど……さっきクラスの子たちいたし。こっち見てたし。絶対何か言われるよあれ」
「その方がいいんだ」
「ひょっとして、わざと周りに見えるようにやってる? ……どうして?」
「俺が、エレノアを気にかけていることが周りに分かれば、それでいい」
「だから、それはどうして?」
「おかしな動きをしてる奴らがいるからだ」
意味が分からなかったので、私は隣を歩くオーヴィルの顔を見上げた。すると、オーヴィルは真剣な面持ちで前を見ていた。厳しい表情で、何かを睨んでいるというほうが近いくらいだった。しかし、その顔がふと普段通りに戻り、私に向く。
「なあ、エレノア。最近、何かおかしなものが見えたり、聞こえたりしないか?」
「何、急に。その質問自体が怖いんだけど。なんでそんなこと聞くの?」
なんとか、間を置かずに返せたと、思う。私の思い当たるのは、あの選択肢のメッセージボード。だって、質問が唐突すぎる。これじゃまるで……。
すると、オーヴィルはむにゃむにゃと口の中で呟き、結局はっきりと言葉にはしなかった。しかし、その呟きの欠片は、私の耳に確かに届いた。オーヴィルはこう言っていた。
『だって、髪の色が変わってきただろ?』
……間違いない。オーヴィルは、何か、知っている。
そして、オーヴィルとのデート(?)を終え、私は家路についた。心の中をぐるぐると回っているのは、さっきのこと。オーヴィルは、何を知ってるの? 最近見えるあのメッセージボードは、いったい何? 髪の色が何か関係している?
しかし、あの様子だとおそらくオーヴィルは口を割らなさそうだ。そうすると、父あたりに聞いてみた方がいいだろうか。母に聞くのはやめておこう。ちょっと怖いから。
そこで、私はそのまま父の書斎に行き、コンコンとドアをノックした。すると、父がひょっこりと顔を出し、口元をほころばせる。
「おや、帰ってきたのかいエレノア。今日はおめかししているね。とても可愛いよ」
「お父様、オーヴィルにもその対応の仕方、教えてあげてくれません? あ、それより聞きたいことがあるんです」
「はは、何かな? 愛娘の疑問なら、なんでも答えてあげるよ」
髪の色が虹色に変わってきたことを先に言った方がいい? それともメッセージボードのことをダイレクトに言う?
私が悩んでいると、頭上でポン! という音がした。
⇒『言う』
――END『贄』
『何も言わない』
「いや贄って何⁉」
思わず叫んだ。だってもう、バッドエンドしか見えない。これまでで一番ひどい。
「贄は、神に捧げる捧げ物のことだよ。突然叫んでどうしたんだいエレノア」
「なんでもありませんお父様。理由はないけど突然叫びたくなったんです」
しまったかもしれない、と思ったけれど。突然娘が目の前で叫んだとは思えないほど、お父様は笑顔を崩さず対応してくれた。
「そんな時もあるかもしれないけれどね。年頃の娘がはしたないからやめなさい」
「……はい……」
私は足早に、その場を後にした。でも、2つ、理解できた。
――1つ。お父様は、何かを知っている。
――2つ。私が気付いたことを、お父様に知られてはならない。
結婚は人生の墓場だと言うけれど、比喩でなく本当に死ぬみたいなので求婚はお断りします うちうち @morningusb
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