幼馴染の片想いの相手は、仏の生まれ変わりなのかもしれない

 そして、デート当日。


 今日はお出かけせねばならないので、髪をリグレットにセットしてもらった。私の髪はめっちゃくちゃに長いので、本格的にセットする場合は他人の手を借りないと何ともならないのだ。長いというか、長すぎる。リアルに膝下くらいまである。




 なんでもこの世界では、髪を勝手に切っちゃいけないというしきたりがあり、カットすら厳重に禁止されているのだ。髪には祝福が宿っていて、形を変えるのは非常に罰当たりな行為なのだとか。成人してから髪を切ると殺人に匹敵する罪になるというから意味が分からない。


 だから、私が山を走り回って髪が引っ掛かって束で抜けたときも、めちゃくちゃ怒られたし、その後3か月間、外に出してもらえなかった。元の世界だったら虐待案件である。


 でも切らなかったらみんなどこまでも伸びっぱなしになるんじゃないかと思ったら、なんでも、人によって髪の長さは決まっているらしい。この世界の人は、生まれたときから髪は生えそろっていて、その長さのまま死ぬ。そんな中、わたしの髪はこれだけ長いので色々と困る。




 ただその一方、私の髪の毛は綺麗な金色でさらさらふわふわなので、ひそかな自慢でもあった。そのため、私は背後への気配には少々敏感である。やんちゃざかりの男子が後ろからちょっかいをかけてくるのを察知して触れさせることなく無力化するという競技がもしあれば、私は全国(?)ベスト16くらいには入る自信があった。






 さて、せっせとそんな私の髪を梳きながら、リグレットが口を開いた。黒髪できりりとした目元が特徴的な彼女は、若いのにしっかりした性格で、私は内心尊敬していた。エプロンとヘッドドレスもすごく似合っているし。彼女は私の髪を手に取り、何やらじっと見つめている。


「エレノア様の髪って、最近色変わりましたよね。元々綺麗な金色でしたけど」

「今もそうじゃないですか?」

「なんかですね、最近、虹色に光る髪がたまに混じってます。白髪の初期症状ですかね?」

「そんなことあります?」


 私の正面まで、「ほら」、とリグレットは髪を一房持ってきてくれた。確かに、手のひらの上に乗っている私の髪の中には、淡い虹色に輝いている髪が2、3本混じっている。


「なんですかこれ」

「あたしも結構色んな人の髪をいじってきましたが、初めて見ましたね。正直不気味です」

「リグレットのそういう素直なところ、私好きですよ」





 そして、身なりを整えて、出る直前。部屋で持ち物をまとめているときに、ポン! と音がした。部屋の真ん中あたりに、メッセージボードが浮かんでいる。







 ⇒『湿布と包帯を持っていく』



 『持っていかない』






 ……それ、デートに必要かな? まあ、こんなの出る時点で持って行った方がよさそう。いちおう鞄の中に入れておくことにした。






 オーヴィルから指定された待ち合わせ場所は、街の中心部にある大時計の前。周囲には、人を待っているらしき幾人もが何をするでもなくたむろっていたので、私も少し離れたところで待つこととした。


 何気なしにそちらの集団を眺めていると、やがて1人、また1人と、待ち人と合流し、腕を組んだり手をつないで歩き去っていく。その風景から察するに、ここはどうやら恋人の待ち合わせ場所として有名であるらしかった。私は知らなかったけど。何せ、ダンスパーティーで最後まで残る女である。うっ吐きそう。




 さて、オーヴィルとの待ち合わせにはあと15分くらいある。交際相手と街を歩く練習がしたい、ということだから、恋人っぽく振舞えばいいのだろうけれど。まあ、たぶん何とかなるでしょ。だって私、いちおう箱入りの1人娘だし?




 その時、ふと、背後に人の気配を感じた。誰かが私に意識を向けている、そんな感覚。その誰かは、私の背後からそっと、1歩1歩静かに音を殺して歩み寄ってきた。


 気のせいじゃない。私は、そっと息を整え、背後からの襲撃に備えた。






 そして、私の真後ろに立った誰かは、なんとそのまま私の首に手を回してきた。その腕をがっしりと取り、私は腰を低く落とす。


「エレノア、待たせ――⁉」

「あれ?」


 取った腕を抱え込み、そのまま腰をひねって背負い投げると、後ろの誰かは、きりもみしながら宙を飛んでいった。しかも何やら私の名前を呼びながら。


 私の幼馴染そっくりの見た目をしたその誰かは、鈍い音を立てながら地面に2バウンドくらいして転がり、うつぶせになって唸っている。周囲の通行人の視線が、私とその誰かに一斉に突き刺さった。街中で人通りも多いはずなのに、しーん、という非常に重たい沈黙がその場を支配する。




「…………エレノア、待たせてすまない」

「ううん、今来たところ。じゃ、行こうかオーヴィル。……そうだ、湿布使う?」


 よろめくオーヴィルに肩を貸そうとしたけれど、体格差がありすぎてかえってつらそうだったので、私は貴族っぽく上品に彼の手を取った。




 ……まだ、デートは始まったばかり。今日は、彼にできるだけたくさんの素敵な思い出をプレゼントしてあげよう。


 今起きた出来事から目をそらしつつ、心の中で私は誓った。











「で、なんで後ろから抱き着いてきたの? 痴漢かと思って投げちゃったじゃない」

「雰囲気が出るかと思って……」

「同意がないならそれは痴漢です。心しておくように」


 でもよかった。投げるか関節外すか迷ってたから。関節外したら、継承式に腕吊った状態で出ないといけなくなっちゃうところだった。


 さて、少々痛々しくなってしまったものの、オーヴィルは何とか復活した。ぱんぱん、と埃を払い、襟を正す。ていうか、ボロボロになってるけど、服装がなんだか正装に近い。ていうか絶対高い。このままダンスパーティーとか出られそう。どれだけ気合い入れてきているの。





 そして、オーヴィルは軽く咳払いし、私の姿を上から下までじろりと眺めてきた。私は少々身構える。うん、今日の服装はお気に入りの白のブラウスに紺色のスカート。大人しめな感じで、ちょっぴり上品にまとめてあるはず。何の問題も……。


「その服だと駄目だな」

「女子とデートするなら服は褒めてほしいなー」


 というか、「駄目だな」って。褒めるどころか、けなしてきたよ。すごい、開口一番にこんなことある?




「いや、今日行く場所はドレスコードが決まっているからな」


 なんだと。オーヴィルは昨日、確かこう言っていた。『あんまり服装は気遣わなくていいぞ』。わざわざ確認したのはこういう事態を避けるためだったのに……!


「普段着でいいって言ったじゃない! 『平服でお越しください』みたいなこと⁉」

「ということで、服を買っていくぞ」


 そう言い残し、オーヴィルはさっと早足で歩きだした。明らかに計画的犯行である。





「ねえ、普通のデートでよくない? そういういい場所へは本命とさ……」

「服を買っていくぞ」


 あ、これ台詞まで練習してきてるやつだ。だって会話がかみ合ってないもん。


 私はため息をついて、後を追った。あんまり練習してきても誠意って伝わらないと思う、ってわかってもらうためには、どうしたらいいだろうか。










「すみません、この服、値段が書いていなかったんですが、おいくらですか?」

「よくお似合いですよ」

「あの、値段……」

「よくお似合いです」

「ちょっと考えたいので、1人にしてもらえます?」


 店員が、張り付けたような笑顔のまま、さっと一礼して去っていくのを、私は更衣室から顔だけ出して見送った。この世界の更衣室は、部屋の中に鏡と大量の服と着付けを手伝ってくれる店員さんがスタンバイしているという大掛かりなものなので、正直、気軽に使いづらい。




 離れて待っていたオーヴィルが、いそいそとこちらに近づいてくる。というか、急いで来すぎて躓きかけてる。足元、気を付けてね。そこ段差あるから。


「早く見せてくれ」

「あのさ、明らか高そうだよ。たぶん、私の普段着100着くらいの値段するよこれ」


 私が今着ているのは、淡いブルーの夏色のドレス。薄い生地と滑らかな肌触りが非常に恐ろしい。私の家にもドレスはあるけれど、高級感が比べ物にならない。正直、今すぐ脱ぎたい。





 一方、オーヴィルは私を見て、うんうん、と満足げに何度もうなずいた。


「恋人のために特注しておいた品だからな。デザインも注文通りだ。よく似合っている」

「私にぴったりなのは、なんで?」

「……」


 だんだん分かってきた。この子、言いづらいことがあると黙りおる。以前はなんでも隠し事なく話してたけど、さすがに大人に近づいてきたら隠し事の1つや2つくらいあるらしい。いや、でもこれははっきりさせておかないと。




「サイズとか違うでしょ?」

「一緒なんだ」

「全部? 嘘だぁ。そんな偶然ある?」

「あるんだ」


 一瞬目を泳がせたのを、私は見逃さなかった。あ、これ絶対嘘だな。というか、それならそれで、別の問題が出てくるではないか。




「じゃ、私が着ちゃ駄目なんじゃない? 特注なんでしょ? 新品で渡してあげなよ。ということで脱ぐね」


 私が更衣室の扉を閉めようとすると、オーヴィルが隙間にガッと足を突っ込み、力づくで阻止してきた。まるでチンピラか借金取りである。


「それは予備なんだ。余った布で作ってもらったお前用の服だから、貰っていっていい」

「注文通りだって言ってたけど、本物も同じデザインなの?」

「そうなるな」


 ……勝手におそろいコーデにするってこと? 怖い物知らずか。「サイズが同じ他の子に試着させてぴったりだったから君にもあげるよ。ちなみにその子にも同じ服あげたんだ」って言われて喜べるなら、その女性は仏の生まれ変わりではなかろうか。



「いらないってば」

「だが、婚約者として家に入るなら、もう少しちゃんとした格好してもらわないと」

「私のお気に入りの普段着をさらっとディスらないでくれる?」

「それにな。実は、お前が試着している間に支払いは済ませておいた」




 オーヴィルが意味の分からないことを言い出したので、私はひっくり返るほど驚いた。そのまま、真剣な顔でオーヴィルを見上げる。


「……ちょっとクイズに答えてもらっていい? 初デートですごく高価な服をいきなりプレゼントされると、女性はどう思うでしょうか」


「嬉しいんじゃないか?」

「答えは、『ドン引きする』です。正直、『家に帰ったら部屋の中に見知らぬ人が立っていた』くらいの恐怖を今の私は味わってます」

「どうしてだ。今までの女性は何か渡すと喜ばれたんだが」


「そりゃオーヴィルのことが好きな女の子だったらそうかもしれないけど。本命の子ってそこまででもないんでしょ? ならやめといた方がいい。仲良くなってからにしなさい」

「そ、そうか……」


 しかし、目の前でどんどん暗くなるオーヴィルの表情を見ていると、仕方がないなぁという気持ちが湧いてきた。うん、頭はいいんだから、同じ失敗はしないだろう。本番で失敗しないために、今日どんどん失敗すればいい。そのために、今日、私は来たんだし。





 私は、そっとオーヴィルの手を取った。目を伏せていたオーヴィルがはっと顔を上げる。


「とりあえず後で値段教えて? 旅のお金貯めてたから、払えると思うし。じゃ、行こ」

「どこへ?」

「なんかドレスコードが必要なところに連れて行ってくれるんでしょ? 期待してるよ?」

「……よし。こっちだ、ついて来い」






 力強く手を引いてくれるオーヴィルの背中を眺めて、私はちょっと感慨にふけった。そうか、君もそんな表情をするようになったんだね。








 ちなみに、後で値段を聞かされた私は、目玉が飛び出るほどに驚いた。普通に中古の家が買えるくらいの値段だった。この人、真剣に金銭感覚を身に着けた方がいいと思う。




 そして、私はその後も同じ感想を抱くことになる。


「どうだ、エレノア」

「正直に言っていい? ……肩が凝るかなぁ」


 私の向かい、大きなテーブルの向こう側で、オーヴィルが黙って肩をすくめるのを、私は少し疲れた気分で見つめた。


「オーヴィルの好きな人って領主の娘とかの上流階級? それとも普通の身分の人?」

「どちらかといえば普通の女性だ」

「なら、初デートだときついよこれ。ちょっとお店の敷居が高すぎる」





 なんか、あからさまな高級店で、しかも奥に1つしかない個室に案内されて。専属のお給仕さん(複数)に仕えられながら、どう見てもお高い調度品に囲まれ、明らかにお高い少量の料理を口に運ぶ。場所のせいで緊張しているためか、あんまり味はしなかった。



 大きな窓からは街の景色が一望でき、遥か下には、通りを行きかう人々が小さく見える。眼下に広がる無数の屋根は、日差しを浴びてキラキラと輝いていた。さすが、この地方で一番の街だけあって、建物が多い。


 どこからか、ゴーン、ゴーン、という鐘の音がかすかに聞こえる。うん、すごくいい場所だと思う。初デートという場面設定に目をつぶれば。


「エレノア、この後、行きたい場所があるんだ。来てくれ」





 食事が終わり、オーヴィルは私の手を取った。すると、お給仕さんがうやうやしく一斉にお辞儀をし、私たちを部屋の奥にある扉の方に招く。大きな扉が開かれると、奥は広い空間になっているようだった。私はオーヴィルに連れられて中に入る。




 中は、広間になっていて、中央に石畳の階段があり、窪んだ中央には、大きな祭壇らしきもの。壁も、階段も、全て、眩しいくらいに白い。左右には固定された木のベンチが何列か、傾斜に沿って並んでいる。広いけれど、誰も、いない。


 オーヴィルは私の手を引いたまま、階段を一段一段、ゆっくりと降りていく。私のすぐ目の前で、オーヴィルの大きな背中が、一段降りるたびに少し揺れる。ゴーン、ゴーンという鐘の音が、さっきよりも近くで聞こえた。中央、祭壇の向こうには、大きなステンドグラス。差し込む陽の光が、虹色に辺りを染めている。




 そして、一番下、中央の祭壇まで来ると、オーヴィルは突如、立ち止まった。そして、くるりとこちらへ向き直り、突如、私の前にそっと、跪いた。そのまま、ゆっくりと私の手を取り、その甲に、軽くキスをする。






「エレノア、俺と結婚してくれないか」

「…………はっ」


 いけない、流れが急すぎて、意識が飛んでいたかもしれない。うん、明らかにここはチャペルだし、オーヴィルと私は正装だし。シチュエーション的にはまあ、おかしくはない、けれど。問題が一つ。


「……初デートだよね?」

「俺がきっとお前を幸せにしてみせる」

「あ、続けちゃうんだ。……ごめんちょっといい? 練習はここまでで、反省会しようか」







 私に腕を掴まれ、引きずられながら退店していくオーヴィルを、お給仕さんは笑顔で、一斉にお辞儀して見送った。プロの仕事だった。常に動揺しないあのスタンスは見習いたい。



 ちなみに支払いは来店時に済ませているので、食い逃げではないことを記しておく。

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