包丁も立派な刃物

「……で? なんで断ったんだい?」

「お父様、その、断ったわけじゃなくてですね。ほ、保留? そう、保留です!」



 しばらくして階下に降りていくと、廊下で無表情な父と鉢合わせた。黙って会釈して通り過ぎようとすると、むんずと肩を掴まれる。さすがにスルーは許されなかったらしい。


 顔から察するに、どうやらさっきのオーヴィルとのやりとりは既に父の耳に入ってしまっているみたいだ。情報漏洩が早すぎる。おのれオーヴィル。



 さて、その父は、大層お怒りのようだった。肌を刺す、ピリピリとした殺気。……いや、いくらなんでも怒りすぎでは……?


「うふふふ」


 ……違った。父の後ろに、満面の笑みを浮かべた母が立っていた。


 私の感覚が正しければ、殺気が漏れ出ているのはまさしくそちらからであった。父が無表情なのは後ろの母が怖すぎるからでは、という疑問が浮かんだが、口にするのはやめておいた。


 ともかく、「本当は結婚なんて別にしたくない」と素直に言いにくい雰囲気である。


 でも「保留」とか口走ってしまったけれど、オーヴィルから事の次第が伝えられているのであれば、私が実は乗り気でないことも両親の耳には入っているのではないか。





 その私の推理を裏付けるように、父はもう1度、ゆっくりと口を開いた。


「で、なんで受けなかったのかな? ここには他に誰もいない。エレノアの本当の気持ちを教えてくれないか。あまり喜んではいないみたいだが」

「えー、いい人なのは間違いないけれど、どうしても恋愛対象に見られなくて」

「あなたを恋愛対象に見てくれるのはあの方くらいよ?」

「それがですねお母様、あやつ一切見てないと思いますよ」


 母はきっと普通の求婚だと思ってるだろうけど。これはオーヴィルの打算のみで構成された張りぼての結婚なのだ。100%人工物である。





 一方、父はそんな母に対して、肩を軽くすくめてみせた。まだ母と比べると冷静のように見えるので、相手にするとしたらこちらだろう。


「エレノアに求婚してくる奴は相当いたけど、見事にみんな外見しか見てなかったからなぁ」

「お父様、それ褒めてます? けなしてます? あと求婚って初耳なんですけど」

「原っぱを走り回るあなたを見て可愛いって思ってくれるなんて奇特な方、オーヴィル様くらいしかいないっていうのに……」


 その言い方だと私が現在も昼夜問わずに野原を走り回っているように聞こえるのでやめていただきたい。私が今もやっているのはせいぜい週末のキャンプ程度なので、その言われようは心外であった。それに「奇特」って。次期領主に対する敬意とかないんですか、お母様。




「もう、馬鹿にしないでくださいお母様!あとでオーヴィルに謝っておいてくださいね!」

「エレノアには謝らなくていいのかい?」

「私が走り回っていたのは客観的には事実なので」


 すると、額に手を当て、父は「はあーーーっ」と非常に大きな溜息をついた。誇張でもなんでもなく、その溜息は30秒くらい続いたように思う。すごい肺活量。さすが当主ともなると身体能力も違うのか。私は内心で深く感服した。





「君らさぁ、仲いいだろ? ならそのまま夫にしたら?」

「なんか違うなって。それに私、結婚なんて……!」

 その瞬間、ポン! と母の頭上にボードが出た。……え、また⁉







 ⇒『結婚なんてするつもりない! とぶっちゃける』

     ――END『包丁も立派な刃物』



 『そんなことすぐには決められません、とごまかす』






 母の様子をそれとなく観察すると、あくまでさりげなくではあるが、利き手が、懐にすっぽりと隠れていた。ちょうど、何かを握りしめているかのような手の形だった。


 母が昔は狩人で短刀を扱うのが得意だったという、幼いころから何度も聞いた話が、私の脳裏になぜか突然蘇った。走馬灯ってこういうのなのかもしれない。


 というか『ENDが解放されます』とかじゃないんだ……! もしこれが本物なら、死亡END一直線じゃない! 下! 下でお願い!






「大事な話なので、すぐ決められませんでした。お父様とお母様に相談したかったですし」

「そうだったのか! はは、もちろん賛成だよ」

「ええ、わたくしもよ。命拾いしたわね、エレノア」

「うふふ、お母様ったら」

「ほほほ。早く承諾してきなさいな」





 ……わかったことが2つある。


 1つ、たぶん、このメッセージボードは本物だ。

 2つ、私は今、とってもまずい状況に追い込まれている。結婚せずにだらだらしてると刺されそう、お母様に。これはやっぱり一刻も早くオーヴィルには私との婚約を破棄してもらって、本命と結婚してもらおう。私から断ると私が死ぬ。






 それに私が相手だと、オーヴィルは「奇特な人」という肩書きを背負うことになる。見知らぬオーヴィルの想い人も、それを喜ぶことはないだろう。喜ぶような人なら諦めた方がいいと思う。











 翌日。私の部屋を訪れたオーヴィルの前で、私は正座をしていた。なんだその座り方、と呆れたような顔で言われたけれど、いざとなれば土下座も辞さない覚悟が私にはあった。


「ごめん、1つだけ、お願いがあるの」

「奇遇だが、俺もだ」

「あ、じゃあ先にどうぞ。なになに?」


 すると、オーヴィルは、ふむ、と頷き、品のある動作で、自分の顎をそっと撫でた。




「家族にはエレノアと婚約したと伝えたが……やはり正式に結婚しろと指示があってな」

「……なんで?」

「婚約だとエレノアが逃げそうだと言われた。で、式はいつにする?」


 さすが領主様、読まれてる。いや、式なんて上げたら逃げられないじゃない。あ、それが狙いか。ともかく、今言わないともう後戻りできなくなる。もう言っちゃおう! 頑張れ私!



「婚約の話なんだけどさ……やっぱり無理。お母様をうまくかわせる気がしない。オーヴィルが私を振ったって形にしていいから、なかったことにしてくれない? 『性格が無理』とか『顔が可愛くない』とか、何でも言っていいから」


 すると、オーヴィルは無表情のまま、ピクリと片眉だけを動かした。器用、そしてやばい。これはすごく怒ってるときの顔だ。




「1度引き受けたんだからもっと頑張れよ」

「そうだけど! 頼みの内容がそもそもおかしすぎるんだよ!」

「にしても諦めるのが早すぎるだろ。昨日の今日だぞ」

「ま、まあそれは、うん。ごめん」


 なぜ私は怒られてるんだろう。そしてなぜ謝っているんだろう。




「でも少し時間がほしいかな……結婚はいいんだけど、覚悟に時間がいりそうっていうか」

「時間? どれくらいだ? 1週間か? 2週間か?」



 詰め寄られて、私は思わず後ずさった。すると、肩に両手を置かれて固定される。逃がさないぞ、という強い意志が伝わってきた。その積極性、本命相手に発揮したらいいのに。



「ご、五十年くらい待ってくれない……?」

「却下だ」


 駄目だった。当たり前だ。これで待てる人間はすぐ結婚してくれなんて言わない。


「じゃあ六十年」

「なんで増えるんだよ。そもそも長すぎる。だいたい、何のための時間だよ」


 やけくそで増やしてみたけれど却下された。くそう。……え、何のための時間って?


「もう死んでもいい、って覚悟するための時間かなぁ……?」

「……は?」


 うん、ごめん。ちょっと唐突すぎたね。ちゃんと説明しよう。





「いや、本当のところを言うとね。オーヴィルって形だけ結婚するにしても、もっといい人が見つかると思うんだ。私と一緒にいても評判下がるみたいだし。だから、せめて私のことを振ってほしいの。誰が見ても『ああこの2人は駄目なんだな』ってくらいに」


「すまん、前半と後半で繋がってなさすぎて眩暈がしてきた」


 オーヴィルは目元を覆い、天を仰いだ。よろめいたところを見ると、実際足元はおぼつかないみたい。私も自分の言動が筋道立っていないのは重々承知だけど、死にたくない。




「ごめん、体調悪い? いちおうオーヴィルの式は見届けてから行くからさ」

「体調は問題ない、が、ちょっと待て! 頼むから行かないでくれ……!」




 でも、汗だらだらかいてるし。顔真っ青だし。オーヴィルが瘦せ我慢しているのは、はたから見ても明らかだった。これは無理にでも休ませた方がいいと判断する。だって結婚って言いだしてから言動がおかしすぎるもの。かわいそう……。きっと疲れてるんだ。

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