人をサンドバッグ代わりにするのってよくないと思います

 とりあえず、目の前のオーヴィルの肩の支点を、トン、と押さえて、ベッドに優しく押し込んだ。軽い手ごたえののち、オーヴィルは仰向けのまま、ぽすんとベッドに倒れこむ。


 そして、こちらを恨めし気に睨んできたので、柔らかい布団をぽふっと頭から掛けてその視線を遮ると、オーヴィルはもぞもぞと布団から顔を出してきた。





「昔っから、なんでそんな強いんだよ……この体格差でおかしいだろ……」

「私、空手と合気道の黒帯だったし」

「黒帯?」

「ごめんなんでもない」


 重心を崩せば、人など倒すのはたやすいもの。しかし、前世で私の得意だった左ローからの右ハイキックのコンビネーションは、今世では未だ活躍の機会は訪れていない。さすがにスカートでハイキックはうちの品位に関わるから。




 私が昔、パーティーで無理やり抱き寄せられたときに、一本背負いでぶん投げたときの母の第一声もそれだった。「自衛ができるのは何よりだけど家の品位に関わるわ」みたいな。ちなみに父は「元気がいいね」と笑っていた。どちらの反応が正しいのかは、判断に迷うところだ。




 私によってベッドに叩き込まれたオーヴィルは、ふと不思議そうな顔になり、こちらを見つめた。かと思うと、ハッとしたような表情を浮かべ、きょろきょろと布団と枕へ視線を往復させたのち、なぜか顔を、かあっと赤らめた。


 私は、ぽすんとベッドの脇に両肘を乗せ、横からオーヴィルの顔を覗き込んだ。


「しばらく寝てていいよ。で、さっきの話はまた元気になってからってことで」

「ここ、お前のベッドだよな?」

「あ、ごめん、不快だった? なら来客用の……」

「……………いや、ここでいい」


 なに今の間。……あー、思春期の男子には異性のベッドは刺激が強いかもしれないけど。




「ま、気にしなくていいじゃない。言うなら姉弟きょうだいみたいなものなんだし」

「なんで俺が弟なんだよ」


 なぜ音は同じなのに自分が弟だときちんと認識しているのか。これはきっと、自分が弟だという自覚があるに他ならない。……え? オーヴィルが弟な理由?


「……精神年齢的に?」

「おかしいだろ⁉」

「さっき赤面した理由を詳しく聞かないくらいには大人なんだよねぇ」

「……大人はいきなり他人をベッドに叩き込んだりしない」

「他人じゃなくて、私は親友だと思ってるけどね」






 すると、オーヴィルは黙り込み、私の枕に、ぼふっと顔をうずめた。おいこらやめろ。本人目の前だぞ。今すぐ呼吸を止めろ。やっぱりちょっと恥ずかしいから。


「俺は親友じゃ、いやだ。結婚してくれ」

「私より弱い人はちょっと……結婚を受けてほしいなら、せめて私に勝つことが条件かな」


 なんで替え玉を私にしたいのかは正直分かりかねたものの、絶対無理な条件を出しておく。すると、オーヴィルは顔を輝かせて、がばっと起き上がった。いや元気じゃん。




「……本当か! なら俺が勝ったら結婚しろよ!」

「その代わり、私が勝ったら、お母様とお父様に婚約は破棄したって説明して。あと他にいい人見つけて結婚して私に幸せな姿を見せて。私、背後で花吹雪まき散らす役やるね」

「絶対嫌だ。だいたい、さっきから他の他のって……! 俺にはお前しか……!」


 オーヴィルはがばっと起き上がり、私の両肩を掴んで、何やら顔を寄せてくる。しかし、私が相当不思議そうな顔をしていたのか、至近距離でピタリと動きを止めた。誇張抜きに、動いたらキスしてしまいそうなくらいの距離だった。とりあえず、その顔をぐいっと押しのける。





 いやいや、ちょっと待って。なに今の。


「……あのさ、1つだけ確認。本命って、やっぱり私なの? 昨日のは嘘?」

「いや、嘘じゃない。お前をそういう相手として見たことは1度もない」


 真剣な顔だった。よくわからないけど、必死さは感じるので信じてあげることにした。きっと色んな人と付き合いすぎて、異性との距離感がバグってるんだろう。




「じゃあ、さっきから言う相手間違えてない? それは本命に言ってあげなよ」


 私が思いっきり突き放すと、オーヴィルはがっくりとうなだれた。


「真に迫ってたから今の感じだと行けると思うよ! ちょっぴりドキドキしちゃったもの」


 ていうか一瞬、私が本命なのかと勘違いしそうになった。危ない。世間に、弟と付き合えるタイプの姉と絶対無理なタイプの姉の二種類が存在するとしたら、私は間違いなく後者なので、そんなことはあってはならない。




 一方、オーヴィルはなんだか嬉しそうに顔をぱっと輝かせた。さっきうなだれてたのに。こっちはこっちで情緒が不安定すぎる。


「そ、そうか? 良かったか?」

「ちょっとだけね」


 すると、オーヴィルは真剣な顔になり、なんとその後、約2分に渡り沈黙した。他人のベッドで。他人の枕抱きしめて。いや2分て。手を振っても無反応。目の前に人がいてここまで無視されることある?






「……………エレノアって、鈍いよな」


 何だ何だ。口開いたと思ったらそれ? 「エレノア様の優しさは大陸中に轟き渡る」位言えとは言わないが、せめて私のベッドから出て言えと思うのは心が狭すぎるだろうか。


「今のが悪口だと認識できるくらいには聡いつもりだけど?」

「ほらな」

「……いや、なぜ……? で、それがどうかしたの」

「つまり、俺がお前を口説いてその気にさせられたら、本命もうまくいくんじゃないか?」

「人をサンドバッグ代わりにするのってよくないと思いますー」


 しかも、その気にさせられたらオーヴィルは本命の所に行くんだよね? ひどすぎる。




 私は、弟的な存在が相手の気持ちを一切考えられないモンスターに育っている可能性に初めて気づき、非常に大きな恐怖におののいた。昔はあんなにいい子だったのに。領主としての能力と引き換えに、彼は人の心を失いつつあるらしい。


 私がすすっと後ずさり、ベッドから距離を取ると、彼は焦ったような声を上げた。よかった、焦りの感情はまだあるみたいだ。


「いや、真剣な話。絶対そうだって! 俺の本命もエレノアくらいに鈍いから! 今のを直接言っても、自分に言われてるとさえ認識しないだろうし」

「直接言われてそんなことある……? オーヴィルの恋してる相手、実はお地蔵さんだったりしない?」

「お地蔵さんってなんだ?」






 そして、オーヴィルは「エレノアとよく似てるからきっと反応も一緒のはずだ」という説をぶち上げてきた。とんでもない暴論である。ほんとにその人のこと好きなのだろうか。


「えぇー……なんでそんなのに付き合わないといけないの……」

「なんとか、なんとかうまくいきたいんだ。頼む!」

「あーもうそれやめて! わかった! わかったから!」





 ということで、オーヴィルの本命を口説く練習相手になってしまった私。いや真剣になんでなんだ。まあ、引き受けてしまったものは仕方がない。とっとと終わらせてしまおう。




 私はちょいちょいと手招きし、オーヴィルを自分の前に座らせた。


「さ、じゃあさっそく、私に愛の言葉を存分に囁きなさい。いいなって思ったら合格で」


 正座して待つ私の前で、オーヴィルは難しい顔で腕を組んだ。ふむ。口説き文句を吟味しているらしい。これまで誇張なしに100人くらいと付き合ってきただけあって、星の数ほど手札を持っているということだろう。



 これで私がオーヴィル好き好きとかなってしまったら、えらいことである。オーヴィルに縋り付いて「本命の子の所に行かないで」と泣く私、とかいうこの世の地獄が顕現してしまう。よし、ここはハードルをすごく下げて、早めに合格ということにしてしまおう。







 ところがその後も、オーヴィルは一向に動きを見せようとしなかった。じりじりと焦れる私。これも戦略の1つなのだろうか。かの宮本武蔵も巌流島の戦いでわざと遅れていったというし、いつの世も熟練の駆け引きとはこういうものなのかもしれない。


「ねえ、いつでもいいんだけど……こんな感じだと、かえって言いにくいとか?」


 すると、オーヴィルは、朗らかな笑みを浮かべ、そっと窓の外に手を向けた。


「いや、いい天気だと思ってな。見てみろ。外があんなに晴れている」

「ごめん、そういう導入いらない。練習なんだから。ほら、私に早く告白しちゃって」


 するとオーヴィルは目を閉じ、ついに何も言わなくなってしまった。こうなったら根比べだと私も口を閉じる。そしてその場に、たいへん気まずい静寂が立ち込めた。








 その後、信じられないことに、オーヴィルはなんと30分もの間、口を開かなかった。いや、正確には何か言いかけるんだけど、毎回諦めたように口を閉じる。なにこれ。


 でも脂汗を浮かべてたり、苦悶してたり、頑張ってくれてる感は伝わってくるので、もう開き直って応援することにした。なんでそんなになってるかは分からないけれど。


「その、な」

「よしこい! 頑張って!」


 私が両手を広げて応援すると、オーヴィルは俯いたり、天井を見上げたりしながらも、ぽつりぽつりと口を開き始める。


「その。俺はお前が。ずっと……」

「……うん、ずっと?」


 えらい。気まずい雰囲気の中で自分から切り込むのは非常に勇気がいることである。もうここまで来たら、「お前がずっと好きだった」それさえ言えれば、彼は卒業としたい。





「お前が、ずっと右腕でいてくれると思っていたんだ」

「惜しい! なんか違う! ほら、それだと結婚とはちょっと方向性違わない⁉」

「……勘違いしないでくれ。決して、嫌いとかじゃないんだ」

「それ断るときのセリフ!」

「嫌いの反対というか…………一番嫌じゃない相手というか」

「そこまで言ったら好きって言っちゃいなよもう! ちょっといったんやめようか」


 私はストップをかけた。なんだこれ。


「ねえ、これまでどうやって付き合ってきたの?」

「いつも相手が告白してきたから、俺が頷けば済んだんだ」

「……なるほど……?」


 なんて贅沢なやつ……。いや待て。後輩のメリーちゃんが言ってたぞ。オーヴィル様がすごく素敵な愛の言葉を囁いてくれたのって。私にはわかる。こやつは嘘をついている。





 そして、私がその事実を突きつけると、オーヴィルは見事に目を泳がせた。犯人は証拠を突きつけられると認めるか逆切れするかに分かれると思うんだけれど、オーヴィルは前者らしい。


「あー、やっぱり私相手だとやる気出ない? 淑女っぽくないもんね」

「いや、違う。……逆だ。……お前が相手だから、こんな……」

「逆って、私が淑女すぎるってこと? 嫌味かな?」


 でも、改めて考えると。こんなことに時間を使ってる暇なんて、この人あるの? 跡継ぎのタイミングがどうとか言ってなかった?





「なんだよ」

「いや、オーヴィルがどんな口説き文句を言ってきたところで、その気にさせられる気がしないなって。時間かかりそう……」

「いいんだ」


 オーヴィルはそこで、ふわりと優しく微笑んだ。さすが容姿端麗なだけあって、思わず見惚れてしまうくらいに綺麗な笑みだった。


「どれだけ時間が掛かっても構わない。これまでも、ずっと……待ってきたんだ。お前しか見てなかったんだからな」

「おお、今のはちょっといいよ!積み重ねをアピールするのは大事だと思う!その調子!」

「そ、そうか!」


 しかし、その瞬間、この前の母のセリフが私の脳裏にほわほわと蘇った。『奇特な人』。






「あー、でもやっぱりさ、やめない? ほら、私って学校のダンスパーティーで一人余るくらいに人気ないんだよ? 形だけの結婚でも、私よりいい人なんて沢山いるでしょ」



 あれは私の中でも特大の黒歴史として刻まれている。まさかスタンバイしている着飾った私に、ただの一人も寄ってこないとは。同情したオーヴィルが踊ってくれなかったら、ダンスと聞いただけで吐くという特異体質を身につけていたかもしれない。その意味では恩人である。


 すると、オーヴィルは、また優しい笑みを浮かべた。そして、そっと私の頭にぽんと手を置いてくる。私の頭が下にあるからか知らないけど、非常にフィットする感じであった。


「お前よりいい人が沢山いることなんて、知ってるよ」


 お、おう。いきなりディスってくるね。まあいいけど。恩人だからね。




「他に沢山いい人はいる、だろうが。それでも、俺はお前がいいんだ」

「……今、不覚にもときめいてしまった。やるねオーヴィル……」


 ちょっと赤くなってしまったかもしれない。弟が、弟が成長を見せている。さすが高スペックなだけあって、すぐに上方修正してくるのが恐ろしい。




「結婚する気になったか?」

「私の判定でいいんだよね? うーん、あと一押し何かあれば、結婚してもいいかな……」

「わかった。じゃ、決まりだな。庭に行くぞ」




 ……いや、なんで庭?

 すると、オーヴィルはふっと自信ありげに笑った。どうでもいいけど、人のベッドで寝込んだすぐ後にそんな勝ち誇られても、いまいち格好つかないよ。





 しかし、その後発せられた彼の台詞は、なかなかに私の琴線に触れるものだった。


「だって、勝ったら結婚してくれるんだろ? 忘れたのか? それとも怖じ気づいたか?」

「……よし乗った!体調が戻ったら庭に降りてきて!勝ったら約束通り結婚してあげる!」

「よし! 今すぐ行ってやる! 今日がお前の初めての敗北の日だ!」










 そして、庭で、私お付きの侍女のリグレットに審判をしてもらい。なんでもありの一本勝負に挑んだ私は、左ローキックからの右ハイキックで、オーヴィルを地面に見事沈めた。



 メッセージボードに出た『死出の旅路』について私が思い出したのは、崩れ落ちるオーヴィルに駆け寄るその瞬間であった。その場のノリって恐ろしい。

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