幼馴染が最低な提案をしてきた
うん、振り返ってみても意味が全く分からない。……謎。謎が多すぎる。
私はとりあえず、より大きい方の謎の解明に努めることとした。まず、向き合ったままのオーヴィルを見上げる。
「ねえ、オーヴィル。ちょっと横に動いてくれる? 真横に」
すると、素直にすすっと真横に動いてくれるオーヴィル。すると、メッセージボードは移動せず、そのまま空中に残った。
なるほど、オーヴィルが頭上にメッセージボードを表示する能力に突如目覚めたのかと思ったけれど、別にそういうわけではないらしい。はて? なら、これはいったい何?
次に、背伸びしながら手を伸ばしてみると、背の低い私の指先でも、ぎりぎりメッセージボードの下部に触れられた。しかし手ごたえはなく、そのまますーっと通り抜ける。ふむ、実体はないと。
「オーヴィル、『死出の旅路』って聞いて、どんな感じする?」
私の質問に、オーヴィルは「今それは必要か?」と首をかしげながらも、真剣な顔で考え込んでくれた。私もその隙に、改めてメッセージボードをまじまじと見つめる。
たぶん、これ、選択肢だ。選択肢が2つ。そして、1つには「END」。なにこれ。魔法とか超常的なものはないと思ってたけれど、ここ、こういう世界観だったの?
というか、上の選択肢に矢印みたいなのが出てるが、下は選べないのだろうか。私は結婚を受けたくないわけだし、下の方が……と思った瞬間、矢印が下にピコッと移動した。
『結婚を受ける』
――END『死出の旅路』が解放されます
⇒『なんとかしてはぐらかす』
選べるんだ。ありがとう。でもこっちの選択肢は「END」とか出ないんだ。よかった。
何がよかったって、もちろん、これが何の意味もない可能性の方は高い、けれど。気になるのはその内容。死出の旅路、だって。それってつまり……。
「……なんか、不吉っていうか。物騒だな。要は死ぬってことだろ?」
「あ、やっぱりそうだよね。じゃあ、ごめん。結婚はできないや」
私があっさりと首を振ると、オーヴィルは愕然とした表情になった。
「なんでだよ⁉」
「……念のため?」
私がそう言うと、真剣な顔で睨まれた。そりゃそうだ。さすがに誠実さに欠けるよね。
そこで、私はメッセージボードが視界に極力入らないようにしながら、真面目に結婚について改めて検討した。オーヴィルとの結婚は是か非か。
まず、性格的には非常にいいやつである。幼少期の私が「近くの山にみんなで基地を作ろう!」と意気込んでいた時も、ただ1人ついてきてくれたくらい付き合いがいいし。あと街で騒がれるくらいに顔がよく、スマートで背も高くて、ついでに次期領主様。
こうして見ると、まるでこの世のバグから生まれたみたいな存在だ。喧嘩は私の方が強いけれど。だから、スペック的には文句なんてない。
ただ、非常に大きな問題が1つある。
私は……彼に恋愛感情を抱いては、いないのだ。全くもって。そして、逆もしかり。オーヴィルからそんな感情を感じたことがついぞない。……あれ? なんで求婚してきたのこの子?
私は自分の方が2歳年下なのを棚に上げてそう考える。だって前世も入れたら私の方がだいぶ年上だからつい……。
とりあえず、私は今浮かんだ疑問を素直にぶつけてみることとした。そっと、はるか頭上にある彼の顔を見上げる。原っぱを駆け回っていた時と比べて、私と彼の物理的な大きさは、随分と差がついてしまった気がする。頭2つ分くらい違うもの。
「だって、オーヴィルは私のこと、恋愛的な意味では好きじゃないでしょ? お互い好きじゃないのに結婚するって正直意味がわからないというか……ねえ、ちゃんと説明して」
「…………」
図星を突かれたらしく、オーヴィルは苦い顔をして黙り込んだ。そして、額に手を当て頭上を仰ぎ、深々とため息をつく。そして、その状態のまま、何も言わずに目を閉じた。
「で、説明は?」
「…………」
あ、黙秘するんだ。でも、悩んでいる。何か説明しにくい理由が何かあるの……?
「ひょっとして、領主を継ぐなら結婚しろとか言われたの? 世間体が~とかで」
「……………そ、そう! そうなんだ!」
必死な食いつき方がちょっと気になるけど、なるほど。
「で、誰でもいいから結婚したい、と……いや、うーん……でも、オーヴィルと結婚したいって人なんて他にいっぱいいるよね……?」
「……全員に断られた」
「全員⁉ やっぱりなんかおかしな性癖持ってるでしょ君!」
「持ってない。あとやっぱりってなんだ。ともかく、エレノアしかいないんだ」
……ほんとかな? なんかちょっと怪しいけど。でも、だからってそんな間に合わせで結婚なんて……。私だって、オーヴィルには幸せになってもらいたいとは思うのだ。だって、この世界でできた最初の友達なのは確かなんだし。
とりあえず、私は、そばのベンチを指し、オーヴィルと並んで座った。いわゆる「どしたの? 話聞こか?」というやつである。そして、そっと彼の顔を下から覗き込む。
「やっぱり好きな相手と結婚したら? ちょっとでもいいなって思う人とかさ、いない?」
と聞きつつ、私は「いなさそうだな」と心の中で思った。だってオーヴィルっていつも誰かに好きって言われているけど、言ってるところは見たことないもの。あ、でも付き合っている人はいっぱいいたはずだから、いちおうそこは好きではあったと思いたい。
「ね、誰かいない? 私も応援するよ? それまで旅に出るのは延期してもいいし」
すると、オーヴィルは何やら形容しがたい表情になった。一瞬でくしゃくしゃっと顔のパーツが全部真ん中に集まった、みたいな。なにそれ。どんな感情なの。
そして、長い長い沈黙の後、オーヴィルは観念したように、言葉を絞り出した。口調は苦々しく、非常に歯切れが悪かった。声も小さかったので、私は一生懸命耳を傾ける。
「好きな相手はいるんだが、どうにも、伝わらないんだ。ずっと好意は告げていたんだが」
「……おお! そんな人いるんだ! 誰? 誰? 私の知ってる人⁉」
「絶対言わん」
ていうか、知り合いに決まってるんだけれど! なぜなら、私が知らない相手なら、言っても問題ないはずだから!
テンションの上がった私は、座ったまま、食い気味にオーヴィルににじり寄った。
だって、あのオーヴィルがですよ! 誰かに恋してるんだって! そういや私たち恋バナとかしたことなかったよね? ううん関係ない! 今からすればいいよ!
「ね、年上? 年下? あ、年上でしょ。オーヴィル年上好きそうだもん」
「だから、言わない」
「なーんだ、年下か。知り合いで年下……誰だろう……」
「一切答えてないのに絞ってくるのやめろ」
知り合いで年下だけだと、範囲が広すぎる。私はさらなるヒントを求めてオーヴィルの表情をじっくりと観察しつつ、質問を続けた。
「ねえねえ、どんな子? 美人系? それとも可愛い系?」
「……」
「へー、可愛いんだ! ね、今すぐその子の所に行っちゃいなよ!私のことはいいから!」
「……それだけ読めるなら、いい加減伝わってもよくないか?」
そしてオーヴィルは、思わず立ち上がった私に手を引っ張られ、つられたように立ったものの、もう一度ベンチに腰をどすんと下ろした。絶対動かないという固い意志を感じた。
「いや行かないんかい。今、ぜったいその子の所に行く流れだったでしょ」
「行く必要がない」
「えぇ……行かないの? 行ったらいいのに」
すると、オーヴィルは、苛立ったように、両手でがりがりと頭をかきむしった。普段クールぶっているのに、今日は感情漏れまくりである。ちょっぴり動揺していると見た。
「『勝算がない戦いに出向くのは馬鹿』っていつも言ってたのはエレノアだろ……!」
「つまり今は勝つ材料を集めてる段階ってこと? なら、領主様ってなんだかんだでオーヴィルのことかわいがってくれてるから、事情を説明したらきっと待ってくれるって」
「父上には相談済みだ。その上で、エレノアに結婚を申し込むということになった」
「……領主様、こう言っちゃなんだけど、ちょっと疲れてるんじゃない?」
ああ、だから引退するのか。長年頑張ってこられたもんねえ。私からすると、優しいおじさまって感じだけど。いつ遊びに行ってもおいしいお菓子くれるし。
「だから頼む。結婚してくれ」
「いや、『だから』ってなに⁉ しないよ⁉ 私を間に挟む意味が分かんないし!」
……と、ここまで話して、私は疑問に思った。そう、私を間に挟む意味が、ない。オーヴィルは、直接その子に求婚しにいけばいい。それなのに、結婚しようとゴリ押ししてくるオーヴィル。好きな人は、年下で、私の知っている人だという。
……まさか、まさかだけれど……。
「オーヴィルの好きな人って、ひょっとして私だったりする……?」
「……。仮に、そうだとしたらどうする?」
「え、断るよ。だってそういう風に見たことないし。ってこの流れだとやっぱり私だな⁉」
「エレノアじゃない。違う、勘違いするな。俺が一番結婚したくない相手、それがお前だ」
すっごく冷たい口調でばっさりと切り捨てられた。う、うん。ごめんちょっと自惚れてた。でもそこまで言わなくても……。まあ、私は可愛いって条件に当てはまらないもんね。
私がこくこくと何度も頷くと、オーヴィルはほっとしたように溜息をついた。そうか、そんなに好きな人が私だと思われるのが嫌か。このやろう。
「ねえ、どんな人なのか、教えてくれる?」
「俺と初めて友達になってくれた女性だ。いつも、俺が暗い顔をしていたら何も言わず遊びに連れ出してくれたし、愚痴を朝まで聞いてもらったこともある。何より、明るく楽しそうに笑う笑顔が好きなんだ。俺は、何も言わなくても、隣にずっといるのが当たり前だと思っていた」
ほうほう、と私は深く頷く。幼少期からの付き合いか、いいねいいね。正直、私以外に小さい頃からの友達なんていたっけ? と思うけれど、さっき否定されたしなぁ。それはともかく。
「ダメだよそれは! ちゃんと好意を伝えないと! そういう人はすぐにどこかに行っちゃうんだから! 引く手あまただよきっと」
「その通りだ。ゆっくり進めればいいと思っていたが、そうもいかなくなった」
「じゃあ私の所に来てないでその人のところ行けばいいじゃん‼‼‼」
なんでこっちに来てるのこの子。しかし、私が叫ぶと、オーヴィルは苦虫をかみつぶしたような顔で、天を仰いだ。……え? なに?
「……いったん結婚しないと、祖母上がうるさいんだ。どうにもならない。もう少し、時間が必要なんだ。エレノアなら、事情を呑み込んで形だけでも結婚を同意してくれると思って……! 頼む! この通りだ!」
頭を下げられる。あー、お祖母様ってあの厳しそうな人? 昔、1度だけ会ったことあるけど、確かに、領主様も怖がってたっけ。
つまり、私と形だけ結婚して、オーヴィルはその間に本命との絆を育みたい……ってこと? いや、最低では? 私の楽しみにしていた全国食べ歩きツアー(仮)をこんな理由で延期にせよと?
私は、周囲に目を泳がせながら、断るための理由を一生懸命探した。しかし目に入ってくるのは、庭園をのんきに飛んでいる蝶だけ。……あれ? なんか庭園の入口、封鎖されてない? 兵士っぽい人が街の人を追い返してるんだけど。私達、ここにいていいの?
そこまで考えたところで、オーヴィルが目線で返事を強要してきたので、私は口を開く。
「離婚ってすぐできるんだっけ? ほら、本命に逃げられちゃうかもしれないよ?」
「問題ない。お互いの意思があればその日のうちに離婚はできる。領主の結婚は、家同士の同盟の意味が強い。個人間ではほぼ意味を持たないからな」
軽っ。同盟なのにそれでいいのか。でもこれでちょっとだけ理解できた。オーヴィル的結婚相手ランキング最下位という私に話を持ってきたわけが。
「頼む。お前にしか、頼めないんだ」
「えぇー……このタイミングで言ってくる? 私、旅に出る直前だっていうのに」
「……頼む」
懸命にこちらに頭を下げ続けるオーヴィルの頭のてっぺんを見つめていると、ふと、なんだか昔が懐かしくなった。幼少時は体が弱かったオーヴィルは、2歳年上な割に、私よりちびだった。その頃は、外を走り回っても、いつも私が見下ろす側だったけれど。いつからか、私が見下ろされる側になっていた。頭のてっぺんを見たのも、5年ぶりくらいだ。
そのオーヴィルが、好きな相手のために、私に頭を下げている。まあ、私も今世で誰かと結婚するつもりもないわけだし……昔、一番仲良かったのは確かなんだし。うん。
「わかった」
ハッとオーヴィルが顔を上げた。その顔に、救われた者の表情を、私は確かに見た。しょうがないなぁ、という気持ちが胸の内に湧いてくる。だって、私、君より精神的にはお姉ちゃんだしね。弟の願いをかなえてあげるのも、お姉ちゃんの務めだ。
「いいよ、私でよければ結婚してあげる。形だけでいいんだよね?」
「……いいのか?」
「まあ、別に今までと変わらないでしょ。その代わり、ちゃんとその好きな人、私にも紹介してよ。どんな人か見てみたいもん」
「……」
すると信じられない反応が返ってきたので、私はオーヴィルを綺麗に二度見した。今、明らかにオーヴィルは私から目をそらした。
「紹介してくれないの⁉ この流れで⁉ 聞こえてる? ねえおいってば。おいこら」
その後、おーいおーい、と呼び掛けてみてもシカトされたので、これは本格的に紹介する気がないと見た。あんまりだ。きっと、私が昔、「オーヴィルが私に向かって母上って呼んじゃった事件」を友達全員に話してしまった時のことを根に持っているに違いない。
「あと、私、旅に出るところだったんだから。早く終わらせてね」
「……旅っていえば。さっきの質問は何だったんだ? 死出の旅路がどうとか」
その瞬間、私は宙に浮かぶメッセージボードの存在を思い出した。……忘れてた!
私が振り向くと、ボードはまだはっきりと浮かんでいた。オーヴィルが私の視線を追って振り返り、「?」みたいな顔をしたので、あれは私にしか見えないっぽいけど!
「……待った! 婚約! 婚約でお願い! じゃないと私、死ぬかもしれない!」
「どういうことだよ⁉」
あっちが事情を話してくれないので、私も意地でも言わなかった。
そして、お互いの事情を説明しないまま、私たちはとりあえず解散した。ちなみに謎のメッセージボードは、オーヴィルが婚約で了解したその瞬間に、パッと消えた。謎すぎる。
そうして帰宅した私が、玄関を開けると、大広間の方で何やらざわざわと大勢の人の気配がした。
今日何かがあったという記憶はないのだけど、急遽催し物でもやってるのだろうか。うちの両親はイベント好きというか、思い付きでお茶会を開いてしまうようないわゆるパリピなのだ。私はどちらかというと陰の者なので、たまについていけなくなる。
さて、いちおう帰ってきたことは報告しておいた方がいいか。オーヴィルに呼び出されたことはみんな知っているけど、用件については知らないはずだしね。
私は、そっと大広間の扉の隙間から、中をうかがった。万一、偉い人が来ているとかだと、さすがに報告は後にした方がいいだろうし。さて。
すると、大広間では、テーブルの上に銀の食器がずらりと並べられ、豪華な料理が盛り付けられている最中だった。シャンデリアの明かりを反射して煌めく装飾品で、そこかしこが見事に飾り付けられている。何これ。出ていく前は絶対こんな状態じゃなかったのに。
「ああ、はやくエレノアが帰ってこないかしら!」
「急くな母さん。まずは2人の時間を過ごしたいものさ。しかしこんな日が来るとはなぁ」
「あの子を嫁に出すのが私の責務って思ってたもの! 領主様のところなら安心だわ!」
そして、大広間の奥の壁には、大きな垂れ幕が下げられていた。ちょっと意味がよくわからなかったけれど、『エレノア様ご結婚おめでとう!』みたいなことが書いてある。
私はそっと扉を閉じた。そのまま2階の自分の部屋に戻り、勢いよくベッドに飛び込んだ。あんな宴に飛び込めるような度胸は、私にはなかった。
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