これ、絶対人に向けちゃダメなやつだ

「あれは魔物……!?あんなのが村にきたら…………」

 

 ミアの隣にいるキャサリンが、震えた声で言った。


 昔、村にきた冒険者が「ドラゴンなんて、トカゲがでかくなっただけだ」なんて言ってた気がする。

 ……全然ウソだ。トカゲよりもはるかに凶悪だった。


 黒い鱗に覆われた長い胴体と、大きな翼。

 棘のついた尻尾に、鋭いかぎ爪。強靭な牙。

 一体何を食べたら、あんなに大きくなるんだろうか。


「黒鱗龍(ブラックドラゴン)!? よりによって、こいつが……」


 マルスが、何か知ってるような口ぶりでつぶやく。

 思わずミアは詰め寄った。


「何なのよ、あれ……?」

「王国の各地で、本来ありえない場所に魔物が出現する現象が報告されている。俺も遭遇したのは初めてだがな……」


 そう。こんな田舎村であんな魔物なんて今まで見たことがない。もしあれが村に来たらと思うと……。

 ミアの心情を察したように、マルスが言った。

 

「お前たちは、村に魔物の襲来を伝えたのち全力で逃げろ」

「騎士様は、どうなさるのですか?」


 キャサリンが心配そうな顔を浮かべている。

 

「……俺は、黒鱗龍が村に行かないよう足止めをする」

「まさか、あの竜と戦うんですか……!?」

「王都ではドラゴンを討伐した猛者が何人もいる。俺だって、やれないことはないはずだ……」


 マルスが腰の剣の柄に手をあてる。

 その手は、少しだけ震えていた。

 

「お前は勇者の剣を持って必ず王都へ行け。お前のような村娘に託すのは癪だが、勇者は……王国の希望なんだ」

 

 マルスはそう叫ぶと、腰から剣を抜き、黒鱗龍がいる方向へと体を向けた。そのままミアたちを振り返らずに進み始める。

 

 ただその背中を眺めていたミアの腕が引かれる。


「……ミア行こう。騎士様の覚悟を無駄にしちゃダメ」

「キャサリン……」


 ミアは足元の勇者の剣を拾い上げると、先に走っていたキャサリンの後を追う。

 胸の奥に締め付けられるようなモヤモヤを抱えながら。

 


 村の広場に着くと、異変に気付いたのかどこか不穏な空気が漂っていた。

 

 ミアたちがドラゴンの襲来を伝えると、村人たちは慌てながらも、広場から逃げ出していく。

 

「ミア、私たちも逃げよう」

「……うん」

 

 キャサリンにそう答えつつも、ミアはその場から動くことができなかった。

 胸の締め付けられるようなモヤモヤが、ずっと晴れずに息苦しい。


 黒鱗龍に立ち向かっていくマルスの背中がなぜか目に焼き付いていた。

 勇者には、ああいう人間がやるべきだと思う。

 けど、勇者の剣は……ミアを選んだ。


 ミアは、誰もいなくなった広場を眺める。

 食べかけのパン、中途半端な量のビールの入ったコップ、焼いた肉の串の匂い。


 全部、村のみんなが一生懸命作ったものだ。

 

 ミアが15年育ってきたこの村は、あのドラゴンが来たら、全て壊されてしまうのだろうか。

 そんな想像をしたからか、ミアは無意識に拳を握りしめていた。


「……ごめん、キャサリン。あたし戻る」

「え?戻るってどこに?……あ、ミア!待って!」


 キャサリンが止めるのも構わず、ミアは駆け出していた。


 

 マルスは、黒鱗龍と善戦していた。


 黒鱗龍は地面に降り立ち、牙を剥いて威嚇してくる。

 その威圧感は、並みの人間であれば、正面にいるだけで動けなくなるだろう。しかし、マルスは並ではなかった。

 

 (思ったより、やれてるぞ……)

 

 黒鱗龍の攻撃を一発でも喰らえば、軽装鎧(ライトアーマー)のマルスはひとたまりもない。

 それゆえ、取った戦法は一撃離脱(ヒット&アウェイ)。


 常に動きまわり、黒鱗龍の攻撃を回避することに全神経を集中。攻撃した瞬間のわずかなスキ、その反撃にすべてを注ぐ。


――ガキン


 マルスの剣撃が黒鱗龍の鱗に弾かれた。

 すぐさま、黒鱗龍の体から距離を取る。


「くそっ」


 攻撃は当たるが、ダメージがほとんど与えられない。

 決定打を入れるには、目や口の中などの急所を狙うしかなさそうだ。


 マルスは息を必死に整える。消耗が予想以上に激しい。

 一発でも喰らえば終わるという重圧が、確実にマルスの神経を削っていた。


「――グオオオオオオン」


 黒鱗龍の強烈な咆哮が、大地を震わせる。

 耳がおかしくなりそうだった。

 マルスは逃げ出したい気持ちを必死に抑え込む。

 しかし、逃げるわけにはいかなかった。

 

(……俺は、勇者の血を引いているのだから)

 

 黒鱗龍がマルスに向かって突進してくる。

 マルスは全力でななめ横に転がりこみ、それを回避した。

 すばやく受け身をとり、起き上がった瞬間――。

 

 その時は訪れた。


 ドラゴンが棘のある尻尾をムチのようにしならせる。

 反射的に避けようとのけ反ったものの、動きが足りず、尻尾の先端がマルスの鎧をかすめた。

 

 マルスは強く弾かれ、何度も地面にぶつかりながら吹き飛ばされる。


「ぐっ……がはっ……くそっ………………」


 何度も地面に打ち付けられたため、全身がひどく痛む。

 この状態では、黒鱗龍の攻撃を回避するのは難しいだろう。

 たった一発。かすっただけなのに……。

 

 マルスは剣を杖に立ち上がろうとするが、力が入らない。黒鱗龍が、ゆっくりと近づいてくる。

 

(くそっ……こんなところで死ぬのか、俺は…………)


 マルスの脳裏に浮かんだのは過去の自分。

 

 勇者の血筋であっても剣を抜けなかったあの日、マルスは決意した。剣に頼らずとも、英雄になってやると。


 剣の腕には自信があった。

 王国の最年少騎士になった自負もあった。


 だから、あの黒鱗龍を倒すことも夢ではないと思った。

 勇者の剣を抜いた村娘を救い、村を助けた英雄になれるかもしれないと。

 そんな願望は……あっけなく打ち砕かれた。

 

 マルスの目に悔し涙が浮かんだときだった。

 目の前に、人影が現れる。

 

 ――それは、勇者の剣を抱えたミアだった。



 

「何でここに来た! 逃げろと言ったろ……!」


 ミアが振り向くと、マルスが必死の形相でこちらをにらんでいた。

 吹き飛ばされてボロボロになっているのに、それでも懸命に立ち上がろうとあがいている。


「お前が来ても、あいつには勝てない。無駄死にするだけだ……」


 その通りだと、ミアも思う。

 目の前にいる黒鱗龍は、ただの村娘の手に負える相手ではない。その瞳に映るミアは、虫けら同然なのだろう。


 怖い。

 足が震える。

 今すぐ背を向けて逃げ出したい。

 

 全身を震わせながらも、ミアは言った。


「勇者の剣は持ち主に力を与えるって、使者のおじさんが言ってたわよね」

「お前……まさか…………」


 マルスの目が大きく見開かれる。

 

「この剣があたしを選んでくれたのなら……あたしはこの村を守りたい。またみんなとご飯が食べたいんだ!」


 それが、ミアを突き動かした衝動だった。

 

 ミアは食べることが大好きだ。

 その中でも一番好きなのは、大事な人たちと笑いあってご飯を食べること。


 あのドラゴンが村に来れば、一生懸命育てた畑も、みんなの家も、誰かの命も、全部なくなるかもしれない。

 

 そんなことをするやつは、何であっても、誰であっても、許すことはできない。


 だから、決めたのだ。

 

「それを邪魔するやつがいるなら――あたしは勇者にだってなってやる!」


 叫ぶと同時に、ミアは鞘から勇者の剣を引き抜いた。

 

 瞬間。剣から発せられた黄金の闘気(オーラ)が、ミアの全身を包み込む。燃え盛るように熱い何かが、ミアの中に流れ込んできた。


「グオオオオオオン!!!」


 変貌したミアに脅威を感じたのか、黒鱗龍が雄叫びをあげながら襲い掛かってくる。


 ミアは息を吸って、静かに吐いた。

 全身を包む黄金の力は、ミアの体に力を与えてくれる。

 体中の力を、剣を握る手に込めていく。

 

 今だけは、どんなことがあっても乗り越えられる気がする。

 ミアは剣を構え――――全力でそれを振りぬいた。


「どりゃあああああああああ!!!!」


 振り抜いた刀身から、黄金の衝撃波が放たれた。

 そして――――

 

「グオオオオ……………………」


 断末魔とともに、黄金の光は瞬く間に黒鱗龍の全身を包み込む。

 その光とともに、黒鱗龍は跡形もなく消え去っていった。


 

 ミアが剣を鞘に戻すと、全身を包んでいた黄金の光は消えていく。目の前には、視界のはるか先まで、地面が真っ二つに割れていた。

 

 現実離れした光景に、ミアがしばらくポカンと口を開けていると、

 

「お前、一体何をしたんだ……」


 背後から聞こえたその声で、ミアは我に返った。

 

 振り返ると、いつの間にかマルスが立ち上がっている。

 信じられないものを見るかのような表情をミアに向けていた。

 

「どうにかなれって思って、全力で振っただけなんだけど……」

 

 勇者の剣の力で、村を助けられたことは本当にうれしい。しかし、想像をはるかに上回る威力に、ミア自身もドン引きしていた。

 これ、絶対人に向けちゃだめなやつだ。

 

「無茶苦茶すぎる……。はぁ……まあいい……」

 

 マルスが呆れたようにため息をつくと、突然ミアに向かって頭を下げた。


「助けてくれて感謝する。それと、今までの非礼もわびさせてくれ」

「え……?」

「村娘のお前が黒鱗龍に立ち向かった姿。あれは、間違いなく勇者のそれだった」


 いきなり褒められて、ミアは動揺する。

 そのせいなのか、ミアのお腹が鳴りだした。


――ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる


 それを聞いたマルスは笑いだす。


「お前は、本当食べることが好きなんだな……。村人たちが広場で騒いでたろ?呼び戻して再開させよう。お前が食う分は俺がおごってやる」

「え……?いいの?」

「ああ、勇者の誕生祝いとして出してやる」


 マルスはこの発言を後ほど、後悔することになる。

 村人たちはミアをたたえ、その日は一日中、勇者の誕生と村の平和を喜んだ。

 

 こうしてミアは、勇者としての第一歩を踏み出したのだった。

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村人少女、勇者になる〜うっかり抜いた勇者の剣が最強かもしれない〜 黒田緋乃 @pinonon

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