第4話「厄介払い同士、紹介される」

 寒風吹きすさぶ広場の空気は、最悪の一言に尽きた。

 俺と、白い角の少女——ユラを取り囲んでいるのは、好奇心ではなく明確な悪意だ。

 そして、その悪意を先導しているのが、目の前に立つ巨漢だった。


「——聞け、人間!」


 雷のような大声が鼓膜を叩く。

 身の丈二メートル半はあろうかという巨体。全身に走る古傷。そして額には、ねじれ曲がった太い一本角。

 オーガ族の戦士長、バルガスだ。

 彼は俺を見下ろしているのではない。俺の隣で小さくなっているユラを、汚物を見るような目で見下ろしているのだ。


「我らは寛大だ。貴様ら人間との和平のために、この『村の恥さらし』をくれてやる!」


 バルガスが太い指を突きつける。

 ユラがビクリと肩を震わせ、フードを目深にかぶり直した。


「その白い角は凶兆の証! 産まれた時から親を殺し、不作を呼び、不幸を撒き散らす呪われた娘だ。我らの村には不要なゴミだが、貴様ら人間の『生贄』にはちょうどいいだろう!」


 ドッと、周囲のオーガたちから嘲笑が湧く。

 酷い言い草だ。


 だが、俺を連れてきた人間の兵士も負けてはいなかった。彼は面倒くさそうに鼻をほじりながら、書類の束をバルガスに押し付けた。


「ああ、こっちとしても助かるぜ。王都じゃこいつの扱いに困ってたんだ」


 兵士が俺の肩をバンと叩く。


「おい、聞いたか? お似合いだそうだぞ。こっちは『変わり者の陰気男』、そっちは『呪いの娘』。どっちも社会の厄介者だ。ここで二人仲良く、誰の目にも触れずに野垂れ死んでくれれば、国としても清々するってな」


 兵士は下卑た笑い声を上げ、バルガスと握手を交わした。

 種族を超えた友情が、そこにはあった。

 ただし、それは「弱者を切り捨てる」という一点においてのみ成立する、最低の握手だったが。


(……なるほど)


 俺は冷え切った指先でこめかみを押さえた。

 怒りはある。だが、それ以上に納得が勝った。

 これは結婚ではない。

 ただの「廃棄物処理」だ。

 人間側も、オーガ側も、組織にとって異物となる存在を、和平という美名のもとに体良く処分しようとしているだけだ。


「よし、引き渡し完了だ! 行くぞ!」


 兵士とバルガスたちは、用は済んだとばかりに踵を返した。

 村人たちも、散々悪態をついたことで満足したのか、三々五々と散っていく。彼らにとって、俺たちはもう興味の対象ですらない。「死んだもの」として扱われているのだ。


 広場には、俺とユラだけが残された。

 足元には、先ほど彼女にぶちまけられた粥の跡が凍りついている。

 風の音だけが、ヒューヒューと鳴っていた。


 沈黙。

 ユラはずっと俯いたままだ。ボロボロの布をかき合わせ、小刻みに震えている。


 何を言うべきだろうか。

 「君は悪くない」と慰めるか? 「酷い奴らだ」と怒るか?


 いや、違う。


 俺は脳内の検索エンジンをフル回転させ、過去に読んだ『対人コミュニケーション・基本編』と『サバイバル・マニュアル』を照合した。

 今の俺たちに必要なのは、情緒的な共感ではない。

 明日、目が覚めた時に凍死していないための「生存基盤」だ。


「……あのさ」


 俺が声をかけると、ユラが弾かれたように顔を上げた。

 赤い瞳が、怯えに揺れている。

 彼女は身構えた。殴られると、思っているのだ。


「す、すみません……! 私、なんでもしますから、だから……」

「薪は、どこだ?」

「……え?」


 ユラがぽかんと口を開けた。

 俺は努めて事務的なトーンで続けた。


「薪だよ、薪。それと水。あと、雨風をしのげる寝床。兵士の話だと、村外れの空き家を使っていいらしいが、その家には暖炉はあるのか?」

「あ、あの……?」

「この寒さだ。今夜中に熱源を確保しないと、俺たちは朝までに凍った肉塊になる。俺はまだ死にたくないし、君もそうだろう?」


 ユラは瞬きをした。

 罵倒されると思っていたのだろう。あるいは、いきなり乱暴されるか。

 だが、俺の口から出たのは、色気もへったくれもない「ライフラインの確認」だった。


「……薪なら、家の裏に少しだけ……古いやつが」

「湿気てないか?」

「たぶん、大丈夫です。私が……乾かしておいたから」

「そうか。それは助かる」


 俺は本心から言った。

 乾燥した薪がある。それだけで、生存確率は数パーセント跳ね上がる。

 俺はバックパックを背負い直し、彼女の方へ一歩踏み出した。


「案内してくれ。その家に」

「……はい」


 ユラはおずおずと歩き出した。

 その足取りは重い。だが、俺は彼女の後ろ姿を見ながら、少しだけ安堵していた。

 少なくとも、会話は成立した。

 彼女は「凶兆」でも「呪い」でもない。言葉が通じ、薪の管理ができる、知的な生活者だ。

 それなら、なんとかなる。


 村外れにある「新居」は、想像を絶する物件だった。

 石積みの壁は崩れかけ、屋根には大きな穴が空いている。ドアは蝶番が外れかけ、風が吹くたびにギイギイと悲鳴のような音を立てていた。


「……ここ、です」


 ユラが申し訳なさそうに言った。


「私が、以前住んでいた小屋で……その、ずっと空き家だったから」

「換気性能は抜群だな」


 俺は皮肉を漏らしつつ、中へ入った。

 床は埃だらけだが、腐ってはいない。暖炉も煤けているが、煙突は詰まっていないようだ。

 俺は脳内で、かつて読んだ『DIYリフォーム術・基礎編』のページをめくった。

 ——まずは掃除。次に開口部の閉鎖。そして火床の確保。


「……あの」


 背後から、細い声がした。

 振り返ると、ユラが入り口で立ち尽くしている。

 彼女はまだ、家に入るのを躊躇っていた。


「私、本当にここにいていいんですか? その……人間さんは、嫌じゃないんですか? 『白角』と一緒にいると、不幸になるって……」

「非科学的だ」


 俺は即答した。


「角の色素と運勢に因果関係はない。統計データもないだろ? そんな迷信のために、俺は貴重な労働力を手放すつもりはないよ」

「ろうどうりょく……?」

「俺一人じゃ、この廃墟を人が住める場所にするには半年かかる。でも二人なら、半分以下の期間で済むかもしれない」


 俺は床に落ちていたボロボロの毛布を拾い上げ、埃を叩いた。


「俺は君の不幸なんてどうでもいい。ただ、俺の生活を手伝ってほしいだけだ。……嫌か?」


 ユラは赤い瞳を見開いた。

 しばらく俺を凝視していたが、やがて唇をぎゅっと噛み締めた。


「……嫌じゃ、ないです。私、なんでもやります」

「なんでもはいらない。できることだけでいい」


 俺がそう言うと、ユラは俺の手から毛布をひったくるように奪った。


「貸してください。それ、埃だらけです。……叩いてきます」

「あ、ああ。頼む」


 ユラは逃げるように外へ出て行った。

 その背中は、少しだけ怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。

 でも、それでいい。

 怯えて縮こまっているより、「私がやる」と動いてくれる方が、よほど建設的だ。


(さて……)


 俺は誰もいない廃屋の真ん中で大きく息を吐いた。

 床は冷たい。風は冷たい。

 でも、ここが俺の——俺たちの「家」だ。


 その時。

 バン! と乱暴にドアが開いた。


 戻ってきたユラではない。

 そこに立っていたのは、片眼鏡をかけた神経質そうな男だった。手にはバインダー、背後には数人の部下を引き連れている。


「やあ、おめでとう。感動の対面は済んだかね?」


 男は抑揚のない声で言いながら、ズカズカと土足で上がり込んできた。

 俺は眉をひそめた。


「どなたですか」

「失敬。私は『異種族間婚姻実証実験』の専任監察官、セルジュだ」


 その名乗りに、嫌な記憶がよみがえる。

 ——同衾は任意ですが、推奨されます。


 ちょうどそのタイミングで、またドアがきしんだ。

 毛布を抱えたユラが戻ってきて、室内の見慣れない男たちを見て、足を止める。肩が強張り、赤い瞳が揺れた。


 セルジュと名乗った男は、俺とユラを交互に見やり、冷徹に告げた。


「明朝、婚姻の儀を執り行う。今夜はその準備と説明だ。……と言っても、契約書にサインをして、形式的な誓いを立てるだけだがね」

「明日? まだ掃除も終わってないんですが」

「時間は待ってくれないよ、被験者諸君。さあ、始めようか。——世界で一番、愛のない結婚式の予習を」


 セルジュが指を鳴らすと、部下たちが手際よく、今にも脚が折れそうなテーブルの上に白い布とインク壺を並べ始めた。


 外では雪が降り始めていた。

 俺とユラの視線が、一瞬だけ交差する。


 そこには熱烈な恋心など欠片もない。

 あるのはただ、「これからどうなるんだ」という、共通の不安だけだった。



次回予告


次回、第5話「夫婦で和平、真顔で同衾」


「では、誓いのキスを。……省略? 減点対象ですが?」

監察官セルジュが突きつける、理不尽な実験ルール。

ボロ家での新婚初夜、俺たちの前に立ちはだかるのは「同衾」という壁だった。

ユラは「妻として務めます」と真っ赤になって服を掴むが……。

俺の理性と、宰相の分厚い規定集が火を吹く!



あとがき


お読みいただきありがとうございます!

厄介払い同士、ようやく「生活」のスタートラインに立ちました。

甘い言葉はまだありませんが、薪と毛布のやり取りが、二人の最初のコミュニケーションです。


次回、いよいよ結婚成立、そして……初夜(同衾)の回です。

真面目すぎる監察官と、健気すぎるユラに、透真がどう向き合うのか。

ぜひ続けて読んでいただけると嬉しいです!


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2026年1月17日 21:33
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鬼嫁(オーガ)は鬼かわいい。~婚活してたら異世界転移して不遇のオーガ娘を押し付けられたので、知識チートで幸せな家庭を築きます~ 他力本願寺 @AI_Stroy_mania

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