第2話 はじめての授業(魔法生物学)

 「……というわけだから、リンちゃん。この学校で生き残るには『目立ちすぎず、でも先生には好かれる』。これが鉄則よ!」

オトとココに挟まれながら、私は校舎の長い廊下を歩いていた。 廊下の窓からは、さっき見た「箒ドッジボール」に興じる生徒たちの歓声が聞こえてくる。

やれやれ、2000年も生きてると、こういう『学校のルール』っていうのが一番懐かしくもあり、面倒でもあるな…。

私は内心でため息をつきながら、瞳をキョロキョロと動かした。

ターゲットは『オスクリタ』の協力者。 この平和そうな光景のどこかに、牙を隠した狼が紛れているはずなのだ。

オスクリタの仲間、絶対に見逃さないぞ!!

「着いたよ、リンちゃん。」

オトが言った。

たどり着いた教室のプレートには『魔法生物学』と書かれていた。 中に入ると、そこには一人の女性が立っていた。

「あら、あなたが新しい転校生ね。話は聞いているわ!リンちゃんね。」

その声を聞いた瞬間、私は思わず背筋を伸ばした。

天国のボス、マリア様のような、包み込むような優しさと知性を感じさせる声。

彼女が、音が言っていた「リラ先生」だろう。

長い黒髪を一つにまとめ、穏やかな微笑みを浮かべている。スパイの勘が告げている。この人は……マジで、ただの良い先生だ!

「リンです。よろしくお願いします!」

「私はリラ。このクラスの担任よ。リンさん、あなたの席はアラレさんの隣ね!」

リラ先生が指差した先には、さっき寮で見かけた、長い黒髪の少女「アラレ」が座っていた。

彼女は相変わらず机を見つめたまま、周囲に「話しかけるな」というバリアを張っているように見える。

アラレは、無言で机を見つめ、まるで周囲の誰とも目を合わせない。彼女の瞳には何か隠された秘密があるようで、私の目が彼女に触れるたびに冷たい闇が広がっている気がした。

周囲の誰も気づいていないだろうが、私はその瞬間、彼女がただの無愛想な少女ではないことを確信した。

私は、アラレの隣に座り、こっそり周りにいる子たちを観察した。知らない子が半分くらいいる。

ココたちが言ってた、『白組の人』とは、その人たちのことなんだと思う。

「さて、今日の授業は銀河渡りのフクロウガラッシア・ヴィアッジャトーレの飼育方法についてよ。この鳥の食べるものをしっているかしら?」

晴香先生が籠から、銀色の羽を持つ美しい鳥を取り出した。

銀河の星屑を集めたような、まるで夜空そのものが凝縮されたかのような美しい羽根。私はその神秘的な姿に、思わず息を呑んだ。

天国でよく見たフクロウだ。懐かしい。

銀河渡のフクロウガラッシア・ヴィアッジャトーレ。天国では郵便配達の見習いがよく世話をしている鳥だ。

私は「あ、知ってる」と口を開きそうになり、慌てて飲み込んだ。

いけない、いけない。十歳の子がこんな希少生物に詳しいなんて怪しすぎる。ここは「ごく普通の十歳」を演じないと……。

「はーい! リラ先生、私わかります!」

一番最初に元気よく手を挙げたのはココだった。

「この鳥は、ネズミや小さな鳥を食べます!本で読んだから間違いありません!」

「ココさん、惜しいわね。それは普通のフクロウの場合よ。」

リラ先生は困ったように笑い、教室を見渡した。

「他にわかる人はいるかしら?このフクロウは特殊な生き物なの。普通のフクロウとは大違いよ。」

教室が静まり返る。カイは机に突っ伏して寝かけているし、ナキルは窓の外を眺めて、退屈そうに座っている。

私は、隣のアラレをチラリと見た。 彼女の指先が、机の上で小さく動いている。まるで、何かを書き留めているかのように。

なんて書いてるんだろう?まさか、呪文だったりして…。私は、先生にバレないよう注意しながら、身を乗り出してアラレの机を見ようとした。

その瞬間、ふと彼女の手が止まった。まるで私の動きに気づいたかのように。

彼女の瞳が一瞬、私と交錯した。その視線の冷たさに、思わず背筋が凍った。『何か隠している』、その直感が私を震えさせる。

その時、アラレが、アリみたいに小さな声で呟いた。

「……Luce.」

クラスの誰も気づいていない。

でも、キューピッド情報員の私の耳は、その言葉を拾った。

Luce. イタリア語で「光」ことかな?

キューピッド情報員である私は、大抵の国の言語は理解できるのだ。

瞬時に脳内で計算が走る。そんなことを知っているなんて…一体何者だ? まさか、オスクリタの協力者?

そんな考えが頭をよぎる度に、心臓が早鐘のように打つ。

授業中だというのに、私の頭の中は彼女のことでいっぱいになっていた。

しかし、オスクリタの仲間が「Luce.」というはずがない。

オスクリタとは、イタリア語で闇という意味である。授業中にわざわざオスクリタの仲間がオスクリタの対になる言葉、「Luce.」と言うとは、考えにくい。

「アラレさん、何か言ったかしら?」

リラ先生が優しく問いかける。アラレはハッとして顔を上げ、すぐにまた視線を落とした。

「……別に。」

「何かあったら言って良いのよ。どうしたの?」

晴香先生が尋ねると、アラレはさっきよりもっと小さな声で言った。

「Luce. つまり、光。」

「正解よ、アラレさん! 素晴らしいわ。それは絶滅したとされるフクロウなんだけどね、光、つまり日光を食べるフクロウなの!」

リラ先生は心底感心した様子で、魔法のペンを走らせた。

確かに、十歳、十一歳?なのにそんなことを知っているなんてアラレは、結構すごい。天才だ。これは、過言ではない。

クラス中がざわめく中、私はあられの横顔を盗み見た。

寮ではあんなに無愛想だったのに、誰も知らない知識を持っているなんて……。この子、ただものじゃないかもしれない。

私はスパイの勘を働かせながら、彼女の深い瞳の奥を探ろうとした。もしかして、実はアラレも私と同じ、二千歳だったりして…。だったら、ちょっと嬉しいな。天国から来たもの同士の仲間、ほしいし…。

私は、呑気にそんなことを考えていた。

呑気なことを考えているうちに、あられへの警戒心だの緊張感だのはどこかへ行ってしまった。

「よく知ってたわね。紅組に五ポイント! あられさんの知識に免じて加算するわ!」とリラ先生が微笑んだ。

「ええっ! あられがポイントを稼いだの!?」

ココたちが驚きの声を上げる。

アラレは、ポイントが入ったことなど興味なさそうに、窓の外を見つめている。 その瞳は、メロンソーダ色の私の瞳よりも、ずっと深く、寂しげな色をしていた。

その時、ココが手を上げて尋ねた。

「先生、日光を食べるってどういうことですか?太陽が特殊な栄養素をフクロウに与えてるとか、うーん、ちょっとミステリアスですね!でも、それなら他の鳥も太陽の光を食べればいいのに…。」

ココは、真面目に考え込んでいるということを先生にアピールしているようだった。しかし、その演技が不自然すぎて子供らしくてなんだか可愛い。

無駄に質問をして成績を上げる、これがココの戦略らしい。私もこの学校で生き残り続けるために、何か戦略を考えなければ。この学校の厳しさを改めて実感する。

『無駄に質問をする。』

人間界でも、天国でもこの技は結構役に立つ。質問をすると、なぜか話し手は、「自分の話に興味を持ってくれているんだな。」と勘違いする。

私もスパイ学校にいたとき、無駄に質問したり、自習室で猛勉強したりして、成績上げてたっけな…。

あの頃が懐かしい。

「いい質問ね。ココさん。このフクロウ、つまり、銀河渡りフクロウガラッシア・ヴィアッジャトーレはね、銀河を渡るフクロウなの。つまり、どこに住んでいるフクロウだと思う?」

「まさか…宇宙…?」

オトがつぶやいた。

「そう、宇宙よ!このフクロウは空気も重力もない宇宙でも暮らすことができるの。だから、日光を食べることが可能なの!太陽の光を奪うパワーを持っているってこと。不思議なフクロウでしょ、でもね、とっても恐ろしいフクロウなのよ。」

「分かりました。」

ココが棒読みで言った。実際、質問はしているが、先生の話を全く聞いていないという感じだ。

相変わらず、カイは眠そうな顔をしているし、オトは真面目な顔で最後まで姿勢正しく座っていた。

「少し長くなりすぎたわね。これで授業を終わります。」

こうして、私の初授業は終わった。

私は、アラレに話しかけるタイミングをうかがっていたが、彼女は風のように教室を出ていってしまった。

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