スパイキューピット
@pudding_7
第1話 任務
その日、ピスタチオ魔法学校の重い、厚い、大きな門を叩いたのは、一人の少女だった。
ここは魔法界でも、とても有名な学校だ。いや、一番有名と言っても過言ではないだろう。
建物は、大きな鉄の門に高いレンガの壁で囲まれているので、中は全く見えなかった。中から、声すら聞こえないくらい、厚くて丈夫な門と壁だった。
その厚い壁と門は、まるで「ここから先は選ばれた者だけの世界。泥棒どころか、アリ一匹さえも勝手に入ることなんて許しませんよ!」と言い放っているかのようだった。
少女は、「よーし、到着! ここが魔界で一番有名なピスタチオ魔法学校ね!」と声を弾ませた。
彼女の名前はリン。(偽名)ブロンド色の綺麗な髪をなびかせ、大きなリュックを背負っている。見た目は10歳の少女だが、正体は2000歳の天国から派遣された「キューピッド情報員」である。
メロンソーダを煮詰めたような鮮やかな緑色の瞳を輝かせる彼女からは、まだ凶悪犯を追うスパイの緊張感など全く感じられなかった。
ターゲットは、『オスクリタ』という魔法使いが率いる犯罪グループ。
このグループは、魔界、人間界、天国、地獄を含むあらゆる世界で、繰り返し犯罪を犯している。
今回の任務は、そのグループ(オスクリタ)の情報を掴むことだ。
オスクリタの仲間がこのピスタチオ魔法学校にいるという情報が入ったのでこの学校に潜入捜査するということだ。
オスクリタの仲間が誰かに化けている可能性がある。
教員に化けているのか、それとも、生徒に化けているのかは不明だ。その情報が確かなものかどうかも分からないが、確実に調査しなければならない。
「いい、リン!あなたの任務は魔界の平和を乱す『オスクリタ』の尻尾をつかむこと。絶対に正体がバレてはいけないわよ。誰か一人にでも正体がバレれば、その情報はあっという間に学校中に知れ渡るからね!」
私は、天国のボス、マリアの言葉を思い出しながら、門を見上げていた。
この門、どうやって開けるのかな…。こんなに大きかったら、一人では開けられないよ。呼び鈴とかもどこにもないし…。
私が困っていると、門が一人でに開いた。
いや、違う。中から、誰かが門を開けているのだ。私の存在に気づいて。
ギギーッ。
巨人がうめくような音を立てて、門がゆっくりと左右に分かれた。
門の向こう側に広がっていたのは、まるでおとぎ話のような景色だった。
手紙をくわえて忙しく飛び回るハトやフクロウ。箒に乗ってドッジボールをしている子、杖を使って魔法の練習をしている子。
天国や人間界ではありえないような光景だった。
「あなたがリンさんですね!転校生の!」
玄関から、女の先生が出てきた。あの先生は、マーガレット副校長先生。五十四歳のベテランの先生だ。
私は、天国の情報局で、すでに情報を得ているので先生の名前は大抵分かる。
「はい。リンです。」
「ピスタチオ魔法学校へようこそ!さあ、中に入って!玄関はそこよ。」
「はい!」
私は、運動場のど真ん中にある玄関へ入った。
玄関は、とても広かった。
『ちびっ子クラス、一組、二組、三組、四組、五組、六組』7クラスが書いてあり、それぞれ靴がぎっしり入っていた。
6クラスともそれぞれ『紅組』、『白組』の二つのグループに分かれていた。例えば、紅組一組、白組一組というふうに。
紅白って分かれてるけど、男の子が紅組で女の子が白組ってことかな…?
2000歳だけど、ここは落ち着いて「子供」を演じなきゃ。
「えーっと、私は、紅組六組でしたっけ?」
できるだけ「高学年らしい」落ち着いた口調を選んで尋ねると、先生は短く「はい」と頷いた。
私は六組・紅色のテープが貼られた場所に靴を押しこみ、上靴に履き替える。
「あなたの寮は、階段を登ってまっすぐ行ったところ。そこの階段は気まぐれだから、気をつけて。」
私は、「テキトーな先生だな。」と内心でツッコミを入れながら階段をのぼった。
すると、廊下にかけてある、歴代の校長先生の肖像画がなんと、ぺちゃくちゃしゃべり出したのだ。
私を見て「新しい子かしら?」「珍しいわね。」「何組かしら?」「あれはどう見ても紅組よ!」とキャンバスの中から遠慮なしにぺちゃくちゃと話しかけてくる。
無視するのは、失礼だろうか?
挨拶、した方がいいのかな…?
「こんにちは。新しく転入してきました。六組紅組のリンです。」と私がぺこりと頭を下げると、肖像画たちは一瞬静まり返り、それからいっそう激しく騒ぎ立てた。
「あら、結構礼儀正しいわね。」「こんな子は珍しいわね!」「大抵の人は、私たちを見ても怯えたり、驚いたりするだけなのに!」とまたしゃべり出す。
しゃべるだけでなく、絵の中で動いてもいる。
一体この肖像画は、何でできているのだろう?
魔界には、絵に心や気持ちが生まれる薬でも存在するのだろうか。
それとも、薬じゃなくて絵が生きる魔法でもあるのだろうか。
肖像画たちの騒がしい声を背に、私は一息ついた。
驚いてばかりじゃダメだ!
油断は最大の敵。驚いてばかりだと、本当の目的を忘れてしまう!冷静でいなければならない。私は転校生としてここに来たけど、本当の目的は学校に潜入した『オスクリタ』の尻尾をつかむことなんだから。
でも……胸の奥で何かが震える。
本当の自分を隠し続けることは苦しいし、難しい。なんだか、自分は、『みんなを騙しているんだ。』と思い、胸が締め付けられる。でも、この学校で自分をさらけ出すわけにはいかない。もし、誰かに気づかれたら、全てが台無しになってしまう。
だからこそ、笑顔を作り、無理してでも元気に振る舞わなければならない。
「任務は成し遂げるモノ!正体は隠すモノ!」
私の上司であるマリアさんの言葉が頭をよぎる。
そうだ。私は、世界平和を守るためにこの仕事をしているんだ。例え、正体を隠し通すことが辛くてもみんなを守らなければならない。
私は、気を取り直して任務に集中した。
歓迎(?)の嵐を背に、先生の言葉通りに進んでいく。
やがてホテルのように整然とドアが並ぶエリアにたどり着いた。
「ここが紅組六組の寮か……。」
「紅組六組」と記されたプレートを確認し、りんはそのドアを小さくノックした。
「はーい!」
元気な声が聞こえてきた。しばらくすると、中からおかっぱの可愛らしい女の子が出てきた。
「あなたが転校生の?リンさん?」
「はい…。そうだけど…。」
できるだけ敬語を使わないように話す。二千年生きてきたけど、十歳の子供として振る舞うって本当に難しいなと改めて感じる、
「失礼します。」
私は、ぺこりと頭を下げて中へ入った。
寮の中にいるには、私合わせて6人。それぞれ名前は把握済みだが自己紹介はしてもらっておこう。
私はスパイとしての脳を働かせながら、じっくりとみんなを観察していた。
もしかしたら、この中にオスクリタの仲間が潜んでいるかもしれない。
生徒の中には可能性は極めて低い。教員にオスクリタの仲間が紛れ込んでいる可能性だってある。
しかし、仕事なので、生徒も教員も全員すみからすみまで観察しなければいけない。
「私の名前は、リン。十歳(五年生)です。好きな食べ物は果物なら全部、好きな料理は、オムライスです。よろしく!」
「よろしく!」
「私の名前は、オト。リンちゃんと同じ十歳。特技は料理と虫としゃべることです。」
私が不思議そうな顔をしていたので、隣にいた女の子が「音は生まれつき虫としゃべることができるの!」と付け加えた。
「じゃあ、ちょっと見せてあげる。」
音は、ポケットから笛を取り出した。
「これを吹くとね…。」
オトが笛を吹くと、ピーッ!と高い音が鳴った。
すると、どこからか、たくさんの虫が音のそばに集まった。
「ほら!虫さんたちがたくさん集まってこうやっていつもおしゃべりするの!」
オトが笑顔で言った。本当に音って虫が好きなんだなって思う。
「ほら!みんな戻っていいよ!」
オトがそう言うと、虫たちは、風のように消え去ってしまった。
天国でもこういう光景を見ることはなかったので、私はすっかり感心して「オトってすごいね!」と言った。
どうやったら、あんなことができるようになるのだろう。
私は、スパイとしてではなく、個人的に音の秘密が気になった。
「あ、私の名前は、ココ。」
隣にいた女の子が自己紹介をはじめた。
「私は、あなたの一個上の六年生よ!特技は、ダンス。顔がとびきり可愛いのが自慢よ。私が紅組寮のリーダーだからね、言うことちゃんと聞きなさいよ!」
心が目を鋭くして、みんなを見渡す。
ルビーがギュッと詰まったような赤い瞳に茶髪の綺麗な髪の毛。「髪を染めてる?」と言いたくなるくらい綺麗な髪だった。
ココは、気が強そうな女の子だった。
「あ、あと言っておくけど、私の名前であられと遊んだり、話したりするのはNGよ!」
ココは、部屋の隅にいた、女の子を鋭い目でにらんだ。
どうやら、心はあの子が嫌いらしい。
オトは、その子に「ほら、アラレちゃんも自己紹介しよう!」と優しく声をかけた。
「アラレ…」
その子は、うつむいたまま、感情の読めない瞳でそう言った。
アラレは、黒髪のロングヘアーを静かに揺らしながら、無言で部屋を出て行った。
その背中には何か重いものが隠されているような気がした。
『本当は、みんなと話したいのかも』と思ったけれど、彼女の瞳にはそれを許さない壁があるように見えた。
「ゴメンねー。あの子、そういう子なの…。」
ココが今にも怒り出しそうな、作り笑いで私に言った。
ココがアラレが嫌いな理由も想像がつく。
おそらくココは、ああいう、暗い性格の子が嫌いなんだと思う。
「私以外の人としゃべるときはいつもあんな感じだから、気にしないで。」
オトが優しい声で言った。
「オレは、ナキル。特技は運動。よろしく。」
ナキルは、黒い髪の毛にキリッとした瞳のイケメン男子だった。
「僕は、カイ!特技は昼寝!よろしく!」
カイは、どこか頼りなさそうだ。
「へぇー、みんなよろしくね!」
私は努めて明るく振る舞いながら、スパイとしてのメモを脳内に広げた。
オスクリタの仲間が本当にこの中にいるのか?
この学校で目立たず、でも確実に情報を掴まなければ。まずは、個性が強すぎるこのメンバーと、まずはうまくやっていかなければならない。
自己紹介はこれで全員だ。この中にオスクリタの仲間がいるかもしれないという不安を胸に、りんは一つずつ名前を覚え、特徴をメモしていった。
「お腹空いたでしょ? 食堂に行く前に、まずはこの学校のルールを教えてあげるね!」
オトがまるでお姉さんのように優しく微笑んだ。同級生とは思えないほどの優しさと真面目さだ。
「そうよ、しっかり聞きなさい!」
リーダーを自称するココが、ビシッと指を立てて会話に割って入った。
「ピスタチオ魔法学校はね、入るのは簡単なの。正直言ってアホでもバカでも入れる。たけるみたいなね!でも、卒業するまでここにいるのは、至難のわざよ。」
彼女の目が少し真剣になった。
私は、その言葉を聞いて、内心で少し身構えた。
卒業するまでここにいるのは、至難のわざ…?どういうこと?
天国の情報局では、そんなこと誰も言ってなかったけど…?
ココは一息ついてから、また、話し始めた。
「テストの点数が悪いのはもちろん、授業中の態度が悪かったり、忘れ物や遅刻、いじめ……。そんなことをしたら、あっという間に『サヨナラ』。すぐに退学させられちゃうんだから!現に昨日も、紅組の一人が白組の友達にチクられて退学になったばかりよ。」
ココは、なんだか少し寂しそうな顔をしていた。
退学、即座にか…。厳しいな。2000年生きてきて、これほどシビアな学校は天国にもなかったよ!
私は、内心で冷や汗をかいた。
「ま、真面目にやってりゃ大丈夫だよ」
ナキルが、余裕です!といった様子で壁にもたれかかる。
ナキルの軽口に、りんは頷きながらも考え続けた。
ポイントを稼げば良いけど、失敗すれば大きなリスクを背負う。オスクリタがこの仕組みをどう利用するか、見逃せない…。
「ところでリン、あんた得意な教科は何なんだ? オレは運動なら誰にも負けないけどな。」
「私は……『魔法生物語』が得意かな。動物や不思議な生き物のことなら、だいたいわかるよ。」
私が魔法生物語が得意になるのも無理はない。天国にはさまざまな生き物がいるので誰とでも不自由なく会話できるよう、勉強しなければならないのだ。
「妖精語を今、勉強中だよ!」
私が答えると、カイが羨ましそうにため息をついた。
「いいなぁ……。僕は勉強も魔法も全部ダメダメなんだ。あ、でも『魔法史』だけは自信あるよ! 歴史だけは面白いから!」
「カイは極端なのよ。」
ココはフンと鼻を鳴らした。
「私は、成績はどれも平均的だけど、なんたって授業態度が良いから評価は高いの! 後、顔が可愛いから先生もメロメロになっちゃって点数悪くてもいい点数つけちゃうのよね!ココ、困っちゃう!」
それはないでしょ…と内心ツッコミを入れながら、リンは、みんなの話を聞いていた。
ココがうつむきながら、言った。
「……あ、でも、あられと音は全部得意なのよね。」
オトがフォローするように言葉を繋ぐ。
「そうそう、成績を上げるコツはね、先生に気に入られること。そうすれば退学のリスクも減るから。特におすすめはリラ先生! すっごくいい先生で、気に入られやすいから狙い目だよ。苦手な教科も、頑張る姿勢を見せれば成績を上げてくれるからね!」
すると、ナキルが思い出したように廊下の方を指差した。
「あと、忘れるなよ。この学校には『ポイント』って仕組みがあるんだ!」
「ポイント?」
「そう。二ヶ月に一回ある箒ドッジボールで勝ったり、運動会で勝ったり……。とにかくそういうことをすると、ポイントが加算される。逆に遅刻や忘れ物、悪い態度を取ると、寮全体のポイントが減点されるんだ。」
ナキルが説明すると、ココも身を乗り出してきた。
「毎年、紅組と白組でどっちがポイントが多いか競い合ってるの。勝った方の寮には、すっごくいいご褒美があるんだから! いいものをもらえたり、いいことがあったり……とにかく最高なのよ!」
カイが少し不安そうに、寮の壁にある大きな掲示板を指差した。
「あそこの魔法ボードに、今のポイントが表示される仕組みなんだ。新学期が始まったばかりだから、今はまだ『10対10』だけど……。リンちゃんも、減点されないように気をつけてね。連帯責任でココが怒り出すから……」
「カイ、今何か言った!?」
ココが顔をトマトみたいに真っ赤にしてたけるに怒鳴った。
「ひっ、何でもないです!」
(ポイント制に、即退学のルール……。オスクリタの仲間が、この『ポイント』や『退学』を利用して何かを企んでいる可能性もあるかも)
私は、元気よく「わかった、気をつけるね!」と答えながら、密かに潜入捜査のプランを練り直していた。
その時、どこからか、鋭い視線を感じた。最初は何の気配もなかったのに…。
次第にその視線がじわじわと強くなり、背筋が凍るような感覚が走った。
とにかく怖くて、振り向きたくなかった。胸がざわつく。
誰?
心の中で問いかけながら、私は勇気を奮い起こした。そして、ゆっくりあたりを見回す。
私は、オト、ココ、ナキル、カイを見るが、誰も私にそんな視線は向けていない。あられは、違う部屋にいるし…。
じゃあ、誰?もしかして、オスクリタの仲間?まさかもう私の存在に気づいたの?ってことは、この中にオスクリタの仲間が本当にいる…?
今の視線っていったい…。
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