第三章 綺羅の空 枝筋

 ロイと別れてドリィと二人、長い廊下を走る。曲がり角二つ。ドリィは止まって私を制した。

「言ってた通り一人いるわ。私が話をつけてくるからサンドラは待機してて」

「オーケー」

 話をつけるって言ったって、エナジーガンぶっぱで終了っしょ。そしたら突入して任務完了ミッションコンプリート。ロイは上手くやっているかな。

 天井の片隅に備えられた回転灯が回り出す。次にブザー音が鳴って建物が揺れた。私は壁に寄りかかって立ちの姿勢を保つ。背中に伝わる振動は間もなく終わった。

 なに今の。もしかして発射された? それって相当ヤバいんじゃ。

 ドリィの様子を伺おうと角から身を乗り出すとルックスのエンブレムの入ったフード付きの服を着た男を連れてドリィがこちらにやってくる。

 あれ? どういうこと? 話をつけるって、そのままの意味? メテオーラ過激派組織のルーメン・ルックスがそんなにおとなしいはずがない……はずなんだけど。

「ドリィ、さっきの揺れ……もだけどその太っちょのフード付きなんなの?」

「協力者。サンドラには彼と決闘をしてもらいます」

「どうも、太っちょのフード付きです」

「はっ、はぁああああ!? こんな状況で何言ってんの、ロイのお姉さんは!? 遊びじゃないのよ!」

「あっちはロイが折り合いをつけなきゃいけない。私たちが行っても仕方がないわ」

「そんな――――、解った。とっとと終わらせてロイのところに行く」

 きっとロイは呆然としていると思う。間に合わなかったこと。不安の只中で溺れていると思う。だから助けに行かなきゃ、支えてあげなくちゃ、私が。

決闘場リングは、この廊下。あなた達は敵対する者同士、お互い命を奪うつもりで掛かりなさい、これは遊びじゃないわ」

 ホンッと嫌なヤツ、私に向けてウィンクまでして。ドリィのことは最高の上司で仲間で師匠だって思ってるけど、こんな時にまでそんな調子なのは腹立つ。ルックスのヤツと背中合わせなんて御免だけど形式ルールだから仕方ない。お互いに三歩。振り返って、ドリィの合図を待つ。

「両者、名乗り!」

空喰らいエアイーターの名で怖れられるトエガ・マクマレンが一番弟子、キリオス・ソイコフがお相手仕る!」

「え、あ、えっと、わ、私は、サンドラ、ノーラエージェント、ドロシーチームのサンドラ・フェッティ!」

「……いざ、尋常に……勝負はじめッ!」

 ちょうど私とフード付きの真ん中に立っているドリィが大きく腕を振り上げて下がった。戦闘開始。私は距離を詰めるために近づく。私のメテオーラは電気。放電ディスチャージぶっぱでケリがつく。って前の私は思ってた。でも今の私は違う。フェイスン・ロットの一件で学んだ。ロイの言葉でドリィに特訓してもらった。ドリィの一つめの教えは教本を読み込むこと。本来は初等科教育の選択カリキュラムの教本、N.O.R.A.式戦闘要項―実践、生き残る術―。最初は今更そんな教本なんて読んで意味あるのって思ったけど、ドリィに渡されたボロボロの教本はたくさんの書き込みがされていて為になった。教本には相手の性質が判らないうちは不用意に近づいてはならないとある。けど書き込みにはこう書かれていた、相手の形状や得物、服装からその性質を読み取る術、即ち洞察。敵のルックスはフード付きのロングコートに分厚い手袋。そんなの冷気の能力に決まってる。冷気使いとは何度か試合(や)ってて、いつも放電で勝ってるし相性は悪くないはず。でも長期戦は不利。体力を奪われてしまう前に決着をつける、だから速攻!

「アインス!」相手の懐に潜り込んで帯電した掌で左肩を打つ。手応えあり、続けて「ツヴァイ!」最初の一撃からワン、ツーと小気味いいリズムで帯電掌打を叩き込む。正面みぞおち、取った! でも掌低がみぞおちに触れようとした瞬間、フード付きの白い手腕が伸びてきた。冷気使いとの戦闘で気をつけなきゃいけないのは接触。掴まれたら終わる、けど動きが遅い。二打目は中止、手を引いて後ろに跳び退く。

「すばしっこいね。今の、拳法ってやつ?」

 フードで目元が隠れているけど、口元が笑っている。効いてない。ドリィとの特訓の成果、ボルテックアーツ。周りを巻き込む放電でない私の新しい戦闘方法スタイル

「電気伝導率って知ってる?」

「はっ?」

「電気が流れるには自由に動ける電荷が必要で、氷は、」

「し、知ってるし」

 嘘。ホントは知らない。でもこんな風にひけらかされるのは我慢ならない。

「話は最後まで聞くべきだよ、お嬢さん」

「歳、変わんないでしょーが!」

 フード付きの見た目は同い年か、いくつか上。もう一回、とにかくもう一回だ。距離を詰めてもう一度、掌低を打ち込む。それでもダメなら他の手を考えなきゃ。

「それもそうか」

 フード付きが手の平を上に向けると空中に拳大の氷の球が出来上がった。氷の球というよりは雪の玉だろうか。落ちてきた雪玉をキャッチして投げつけてくる。一つ二つと次々に。私は氷の礫を掻い潜って掌低を見舞う。顔面、顔面なら!

「痛ったいなあ」

 掌低は顔面の半分を覆った氷の仮面に防がれた。マズイ、そう思って再び距離を取る。バックステップ。次の瞬間、私の天地は逆転した。着地点が濡れていて滑って尻もちを付いた。痛い。

「ハハッ、足元注意だよ、お嬢さん」

 私のことを覗き込むよう見下ろして言った。コイツ……いちいちムカつく。でも、それだけ近づいてきたなら。

 手をついて左足を軸に足払い。右足に蹴った感触が伝わる。フード付きは足を取られてその場に伏した。

「どうよ、こんなこともできんのよ」

 私は立ち上がってフード付きを見下ろして言ってやった。

「やりやがったな」

 フード付きは床に手をついて力を込めた。すると手の周りの床が微かに輝いて、その輝きが徐々に広がっていく。霜だ、霜が降りている。床、壁、天井。廊下全体を霜が覆っていく。寒い。背筋に悪寒が走る。

「第二ラウンドだ、クソアマ!」

 フード付きは立ち上がって再び手の平を上に向けた。また雪玉を作るのだろう。でも今度は時間がかかっている。今が仕掛け時かも、でも寒くて身体が思うように動かない。そうこうしているとフード付きの掌の上には氷柱が出来上がっていた。鋭く尖った氷柱。刺されでもしたらひとたまりもない。殺すための得物。

「オラオラオラオラオラァッ!」

 フード付きは氷柱を握って何度も突き出す。私を突き刺そうと。私の命を奪おうと。大した速さじゃないのに、なんとか躱している状態、何度も掠っている。身体が重く感じる。このままじゃ時間の問題。ドリィはこの様子をただ静かに見ている。見ているだけ。殺されるかもしれないのに………………ダメだ、こんな考え、甘えでしかない。しっかりしなさい、サンドラ・フェッティ!

 でもこの状況を切り抜ける方法は何も思い浮かばない。どうすれば……私に出来ること。生き残る術。印象に残っている教本の書き込み。窮地に追い込まれた時にこそ落ち着いて状況を整理する。それ即ち状況把握。私は今寒い。とても寒い。アイツの冷気で周囲の気温が下がっているから。

 見つからない答えを導くための発想法。それ即ち連想。私のメテオーラは電気。電気、寒さ、アイツの言ってた伝導率、伝導、熱、熱伝導、電熱線、これだ! これが私の回答、メテオーラの使い方。放出でなく循環。「はぁああ!」でもこれ、コントロール、繊細で、すこし間違うと、意識が飛びそう、消耗も、激しい。今度こそ、速攻で、ケリつけないと。

 私は突き出された氷柱を掴んだ。右手で掴んだ氷柱が蒸気を上げて溶け始める。

「コイツっ!?」

 氷柱を斜め左に引き寄せて、私の”左”でぶん殴る「アインス!」ゴッと鈍い音がした。どうせ氷の仮面でしょ、私は手を止めない「ツヴァイ!」腹に一発、掌低が流れるように決まった。今度は人間を殴った感触。そして、これで決める!足を寄せて、逆足をそのまま上げて突き出す! サイドキックが胸部を抉る。ボルテックキック、帯電してないけど。フード付きは抵抗なく吹き飛んで受け身も取らずにダウンした。

「勝負あり! 勝者、サンドラ・フェッティ!」

「オスッ!」

 私の耳には万雷の拍手と大歓声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る