第三章 綺羅の空2

「そういった約束を、なるほど。その本は私の祖母が描いたものです。祖父は学者をしていました。マウナ・ケア天文台、ご存じありませんか」

「知らない、けど祖母さんが描いたってのには驚いた」

「とてもそうは見えませんが」

「表情に出づらいんだ」

「フフッ、姉弟よく似ていますねぇ、さてもう理解しているかと思いますが、」

「空が、星が見たいんだろ?」

「いかにも。察しが良ですねぇ、メライさんとは大違い。ですが人の話は最後まで聞くものですよ、ロイ君」

「そりゃどうも」

「見ての通りメライさんは打ち上げられてしまいました。メライさんを乗せた”箱”は対流圏、成層圏を越えて中層圏に到達した事でしょう…………メライさん、帰って来られると思いますか?」

 胸が痛む、頭も痛い。心が張り裂けそうな。声にならない声を押し殺して喉が痛む。

「無理だと思うメライは、帰って、」

「いいえ」俺の言葉を遮るようにピシャリと言い放った。さっき自分で人の話は最後まで聞けと言っていたのに。「帰っては来られます。そのように設計しましたから。ですが」トエガの表情が困ったように歪む「実はメライさん、帰り方が解らないかもしれないのですよ、ねぇジョッシュ君」

「へ?」

「私もメライさんのには、ほとほと苦労しておりまして、迎えに行っては下さらないでしょうか」

「メライは助かるのか!」

「えぇ、助かります。それには貴方の協力(メテオーラ)が不可欠ですが」

 なんということだ、この男は姉を助けたいなら協力しろと言う。信じられるかそんなの。でもすがるしかない。

「分かった、何をすればいい」

「迅速な判断、素晴らしい。ジョッシュ君! 紙と黒鉛グラファイトを」

 俺と同じか、いくらか小さい少年は作業台の上に真っ白な紙を広げて待ち構えていた。

「流石です、ジョッシュ君。さぁ始めますよ私と貴方のオペレーション!」

 カカカカカッと物凄い勢いで紙に黒鉛が刻み付けられていく。数字や記号、図形、何か曲線。多様なそれらが次々と紙の上に並んでいく。

「僭越ながら拝見させていただきました、貴方のメテオーラ。良いメテオーラです、精度も申し分ない。ですがお話しした通り、出力が弱い、弱過ぎる」

 口を動かしながらもトエガの手は止まらない。人の気にしていることをよくも抜け抜けと、俺だって試行錯誤している。でも、上手くいかない。他の連中のように、この男のようにはいかない。

「なぜなら、貴方は想像イメージをしていない」

「――――!? 今、なんて」

「想像をしていない。知識も足りない。だから思いの結果を得られない。操る物がどのような物で、それはどのような性質を持ち、どのような威力が出るのか、そしてその結果どうなるのか。中途半端。能力者アダプトが無意識的に行う思考を制限してしまっている。貴方自身の意識によって」

 俺の前にそびえ立っていた壁のようなものが崩れていく。それはまるで濃い霧の森を抜けたかのようだった。おいしくなれと願いを込めるミタマ。勝ちたいという思いをメテオーラに委ねるシルキー。俺の思考に浮いていた数々のピースがトエガの言葉を中心に嵌っていく。

「ですが、誇って良い、無意識下のことを意識して出来るのなら、それは力になりますから。さて、計算の材料が不足しました」軽快なリズムを刻んでいたトエガの手が止まる「貴方のメテオーラを見たい」そう言うとトエガは俺の足もとに黒鉛を転がした。

「元素鉱物、グラファイト。黒鉛とも言います。それの主成分は炭素です。炭素原子が六角形に結合した層が積み重なってできています。性質は柔らかく――――」

 俺は黒鉛を浮かせて指に挟む。ドロシーがエナジーガンを構えるように狙いを定めて、この黒の弾を撃ち出した。親指大の黒い塊が空を裂いて弾けるように走る。黒の尾を引く弾丸は一瞬、ほんの一瞬だけ、赤黒い閃光を纏い、跡形もなく崩れて消えた。

「ほォ、実に見事、やはり姉弟ですねぇ。よろしい、ではプランをお伝えします」

 元々の予定ではメライは中層圏の中ほどで”箱”を展開して止まるはずだった。しかし、地上からの観測では箱の反応は中層圏を抜けて熱圏にまで到達している。そのまま落下してしまうと箱が燃え尽きてしまい帰ってくることが出来ない。つまりメライは作戦を理解せずに行ってしまった。そこでたった今立案された俺を用いた救出プランである。

 岩石で身を固めた俺をマスドライバーで打ち上げてメライの下に送り届ける。俺のメテオーラで中層圏に滞留している塵を集めて作った隕石に埋まり込んで落ちてくる。二、三行で説明できそうなプランだ。

「本当に上手くいくのか?」

「それは、貴方次第……としか言えません」

「そもそも、中層圏や熱圏なんて人間が生存できる環境じゃないと思うが」

「そこはご安心を、私の空気膜が貴方を覆います。耐久性は実証済みですので」

 左側の扉が開いてサンドラとドロシーとロングコートの白装束が入ってきた。ロングコートはドロシーに肩を借りているし、サンドラは目に見えてヘトヘトだ。一方、俺はトエガの指示で外にある岩石を集めている。

「…………ロイ、説明して。これは一体、どういう状況?」

 ドロシーたちにこれまでの事を説明しなければならない。その役割はジョッシュに託された。身振り手振りとトエガの書いた計算式をあれやこれやと見せながら一生懸命説明している。トエガの作った空気膜を纏い、圧縮粘土、軟らかい土、固い岩石で作り上げた三層構造の土塊に乗り込み俺は出発の時を待つ。

「わかんなーい!」

「ですから、これからロイさんはメライさんを助けに行くんです! 土のロケットで!」

「怒鳴られたー! サンドラーうえーん!」

 ドロシーは、わざとらしくサンドラに泣き着いた。サンドラはそれを迷惑そうに押しのけている。こんな時に暢気なものだ。誰も俺に言葉を掛けに来ない。でもそれは皆、俺が無事に帰ってくると信じているからだと思っておこう。

「大変ですねぇ、心中お察しします」

「それほどでも」

「ところで貴方、お名前は」

「メライから聞いていないのか? トロイ、トロイ・レオーニだ」

「貴方の口から聞きたかったので。フフッ、酔狂なご両親ですねぇ」

「自慢の家族さ」

「……ひょっとして、貴方の方がお兄さんなのでは」

「それは、ノーコメント」

 トエガは何か言ったようだがブザーの音にかき消された。回転灯の明かりが丁度目に当って眩しい。俺は土塊の裂け目を閉じて。カタパルトの起動を待った。今行くよ、メライ。姉さん。

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