第三章 綺羅の空1
時刻は19時50分。俺たちを乗せたジェットカーゴはキィーンという細長い音を立てて敵地へと向かう。上空を飛んでいて遥か下方に見えていた海面の景色がいつの間にか陸地になっていた。すごい速さだ。
『連中、何かおっぱじめようとしてんぞ』そう通信が入ったのはおよそ20分ほど前、ビッグノーラを発った直後のことだった。ティムの話によると人員の大半が基地内に入り、外の警備が手薄になっているという。潜入調査を開始すると言っていたが通信が切れた途端、ドロシーはあまり期待しない方が良いと投げやりに言った。ティムは優秀だけど慎重すぎて対応力に欠けるとも。フォローしているのか貶しているのかよく分からない。
ジェットカーゴの音が緩やかに太く小さくなっていく。速度が落ちているのだろう、高度も徐々に下がってきた。目的地が近い。普段のフライトカーゴのように静音。でも普段よりも速度が出ている。骨組みのジャンプ台がどんどん大きく見えてきた。
「Libra、このまま根本の建物に着けて、完全着陸まで10カウント。降りたら近くのティム班と合流待機」
『承知しました、ドロシー…………完全着陸まで10――』
「行くよ、みんな!」
カウントが始まった瞬間ドロシーは手動でハッチを開いた。着陸のために減速するカーゴは非常に悠長で完全に停止するまではとても待っていられない。ドロシーの号令で俺達はカーゴから飛び降りた。空になったジェットカーゴは停車する前に速度を取り戻して明日の方向に向かって行く。そこにティム班が野営しているのだろう。ドロシーは、着地と同時、即座にエナジーガンを抜いて慌てふためいていた白装束の門兵を撃った。迷いがない。他に外の警備をしている者は居ないようだ。これだけの施設なのに一人。なんだか不気味だ。
「あの、大丈夫なんですか」
「なにが?」
「躊躇なく撃ってますけど」
「ァン、問題ないわ、出力絞ってるから……たぶん」
俺が唖然としているとサンドラは俺の肩を叩いて、「ま、大丈夫っしょ」と笑顔で親指を立てた。
「さぁ、正面突破よ!」
正門から侵入。右か左か。ドロシーの勘により右から見ることになった。角を曲がると廊下の先に二人組の白装束が背を向けて歩いている。門兵は銃を携行していたが、この白装束たちは非武装だ。ドロシーの指示で俺とサンドラが忍び寄り制圧。手近にあった部屋に押し入った。誰もいないほぼ空っぽの部屋。堅い紙の袋が口を開けて立っている。どうやら食糧備蓄庫らしい。
「な、なんなんですか⁉ あんたたちは!」
「お前らノーラだな、クソ、放せ!」
「はいはい、いくつか質問するから答えて下さる?」
「誰かー! 敵襲だー!」
「サーンドラっ」
ウキウキした声でドロシーが言った。言うが早いかサンドラは大声を上げてもがく男の首筋に親指と人差しを押し当てた。「ほい!」直後、男は痙攣してその場に倒れる。気を失ったようだがウニウニとのたくり全身を痙攣させている。もう一人の男はそれを見て小さく悲鳴を上げた。
「協力してくれる?」
白装束は震えるように首を縦に振った。尋問開始。
仲間の数と配置は? 外にネイティブ一人向こう側にアダプト一人こちらは自分達ネイティブの二人。なんか少なくない? トエガを慕っている人員はこれで全員。この装置を使って何をするのか? メライを打ち上げる。打ち上げて何をするのか? 中層圏に滞留している隕石塵を降らせる。打ち上げたメライはどうなる? 知らない。メライはどこにいる? カタパルトデッキ。そこへの行き方は? 廊下を真っ直ぐ行った途中の銀の扉行けば分かる。打ち上げはいつ? そろそろ打ちあがる頃。
「私とこの娘どっちがいい?」
「……あ、あなたさ、」
ドロシーは男をエナジーガンで撃った。恐らく左側からもカタパルトデッキに入れるという見立てで、左側の人員も潰しておくという手はずになった。しかし、時は一刻を争う事態。ここからは二組に分かれる。ドロシーとサンドラが左側に回り、俺はこちら側からカタパルトデッキに入る。不安はある。ドロシーが突入する方が良いとも思う。でも姉弟の事だ、俺がやらなきゃ誰がやるんだ!
「ロイ、これだけ頭の片隅にでも置いておいて、トエガは必ずしも敵対しないかもしれない」
「それは、どういう」
「確証はない。だから片隅。さぁ行って、グッドラック」
「しっかりやんなさいよ!」
廊下で二人と別れて俺は銀の扉を開いた。カタパルトデッキにはあの男が居た。
俺が侵入するとほぼ同時。ブザーと同時にクルクルと回るランプ、そして轟音。建物全体が揺れる。ガーッとけたたましい擦れるような音がして。音が無くなったかと思うと建物の揺れもおさまった。一体何が……いや、そんなことはもう分かっている。間に合わなかった。途方もない現実が押し寄せる。
「――トエガァぁあああ!」
怒りに任せて俺は、玉砂利をばら撒いて圧縮粘土の封を切った。モコモコと粘土が膨らんでいく。
「来るのが少々遅かったですね」息をついてトエガが口を開いた「争う気はありませんが私は、私自身を守るために戦わなければなりません。ジョッシュ君、観測は任せましたよ」
「あ、は、はい!」
玉砂利を浮かせてトエガに向けて射出する。そのすべてがトエガに届くことなく空中で静止した。トエガが俺に向けて手をかざすと空中で静止していた玉砂利は、一斉に俺めがけて飛んできた。俺のそれよりも数段速い。速度があるなら威力も高くなる。俺は粘土に指令を下して分厚い土壁で対応、玉砂利は粘土にめり込み勢いを失った。次の瞬間、粘土の壁に強い衝撃が加わる。壁の影から様子を見るとトエガは手を差し伸べるようにして前に突き出している。何かを飛ばしている。何か。それは空気だ。忘れもしない姉を失ったあの日の苦しみ。医師に聞かされた。キミは二酸化炭素中毒の症状で意識を失ったと。トエガは空気を操るメテオーラ能力者だ。俺の周りだけ空気の構成を変えた。などと、さも俺が突きとめたみたいに語っているが、そもそもトエガは
「トラァッ!」その場で振りかぶって土壁の破片を投げるように腕を振るった。俺の後ろから物凄い速さで土塊が飛んでいく。過去一の勢い。
ドッ! と俺の肩に衝撃。空気の弾だ。胸、腹。ドッ、ドッ! と見えない弾が俺を襲った。でもダメージは大したことない。一方、俺の会心の出来の土塊弾はトエガには通用しなかった。メテオーラの強度が違い過ぎる。しかし何発か喰らったことで空気弾が手から射出されていることが判った。だったら手の向きで射線が解る。俺は蛇行しながら走りトエガに近づく。メテオーラじゃ勝負にならない。それならN.O.R.A.式近接格闘術、第一番。拳。捉えたら殴り抜けるべし。しかし俺の拳はトエガには届かなかった。空気がパンパンのボールを殴ったみたいに俺の拳が跳ね返る。圧倒的だ。俺は弾けた見えないボールの空気を吸ってしまった。胸の奥が苦しい感覚。これはあの時と同じ感覚。姉が連れ去られたあの時の。落ち着いてベストからとっておきの物を取り出して口にはめた。酸素供給マウスピース。小さなボンベの付いたおしゃぶりだ。本来は水中で活動するための装置。だが
「ほォ、対策済みということですか、面白い。と言っても貴方メテオーラは出力が弱過ぎます。だからこうして近づいて格闘術を披露されているのですよねぇ」俺の全ての攻撃。拳、蹴り、肘鉄、膝蹴り。そのどれもがあらゆる手段で余裕綽々躱される。さすがに息が上がってきた。二人はまだ来ないのか。三対一なら何とかなるかもしれない。そんな淡い期待があった。だから俺は時間を稼ぐ。それまで持ちこたえる。そう思ってここに入ったんだ。なのに俺は頭に血が上ってしまっていた。
「貴方、ここに何しに来たのですか」
俺はここにメライと話に来た。説得しに来た。一緒に帰ろうって。でもそれが叶わなくなった。いや、本当にそれは叶わないのだろうか。そもそも俺が仕掛ける前にトエガは争うつもりはないと言っていた。ドロシーも必ずしも敵対しないかもしれないと。全然敵わなくて悔しいが俺はとっておきのおしゃぶりを外した。会話するために。時間にしてわずか三分にも満たない攻防。でも警戒は怠らない。
「メライと、話に来た」
「お話、ですか。興味深いですねぇ、何を話すというのです」
「いつかの約束を果たすと姉は言っていた。姉は俺に星を見せたいんだ。俺が夢見たヨルの空を」
「ヨルの空…………それは、少々事情が変わってきますねぇ。その話、詳しくお聞かせ願います」
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