第二章 旗艦ビッグノーラ4

 シルキーとの夕食はなんだか落ち着かなかった。大人の女性というのもあるが方々からの視線が痛かった。カトラリーの音に交じってヒソヒソする声がそこかしこから聞こえてきた。普段の食事は完全栄養錠で済ませてしまうようで、久しぶりにまともな食事が摂れたとお礼を言われた。食事の終わりにドロシーが羨ましいとも語っていた。なんでも情報局コードラインにも俺みたいなのが欲しいのだとか。俺みたいなのが何を指すのかは分からないが悪い気はしない。俺は今の情報局にもきっと居ると思うと告げた。シルキーは居ない居ないとケタケタ笑っていたがどこか寂しそうだった。だから皆諦めているだろうことを伝えた。シルキーは俺の目を真っ直ぐ見て聞いていた。俺が話し終わると同時に呼び出されて行ってしまったが、ドロシーと同じくらいの歳だから十は離れたシャバ僧に意見されて気分を悪くしていないと良いのだが。などと思っていると腕の端末が着信を告げた。ドロシーだ。噂をすれば影か。

『やっほー、ブリーフィングルームに集合、三分以内』

 それだけ告げると通信が切れてしまった。やっほーなどと言っていたが、その声に抑揚はなく、なんとなく重たい雰囲気だった。食器を返却口に置き、急いでブリーフィングルームへと向かう。

「はい、三分ピッタリ。居たのは食堂かな、私の勝ち」

「だからと言って決定は覆らんぞ」

 話が見えない。ブリーフィングルームにはドロシーとサンドラ、それにオダカが居た。ヒリつくような空気感に俺の背筋が伸びる。ふとモニターを見ると知った姿が写っていた。

「トエガと……メライ――!」

 モニターにはその他にもピクチャが表示されている。柱が網目状に組まれた建造物。その先はジャンプ台のように反っていてゆるやかに空を向いている。技術局によるとマスドライバーという施設らしい。電磁カタパルトの一種でロケットを使わずに物資を宇宙空間へ運ぶための装置。

 流星災害以後、塵の層に覆われて宇宙開発を行えなくなったこの惑星では無用の物。しかし今回建造されたマスドライバーの規模サイズは宇宙空間に物資を運ぶにしてはあまりにも小さく、技術局と情報局による解析の結果では大気圏を突破できないと断定されている。 大気圏は大きく分けて5層。対流圏、成層圏、中層圏、熱圏、そして熱圏の外側である外気圏。これを越えられれば晴れて大気圏突破だ。N.O.R.A.勉学プログラム初等科教育で教わった内容。

 このカタパルトで物を飛ばしたとしても中層圏を越えられるか怪しいという話で、この施設を建造した組織ルーメン・ルックスの目的がまるで解らない。話を聞く分に、落ちる地点さえ指定できれば兵器にはなり得なくもないが、そうであるなら弾道ミサイルなんかでも事足りる。

「こんな旧時代の施設つくる? ルックスだよ? メテオーラ推進派で隕鉄……最新技術大好きな」

「あの、トエガとメライが何か企てているってことなら。姉、言ってました、綺羅の赤星、夜の空って、いつかの約束を果たす……とも」

「約束とはなんだ」

「それが憶えていなくて」

「お前が憶えていない約束を果たそうとしているのか?」

「そうなります」

「ヘンなの……ごめん」

「とにかく! ここへはロイも連れて行く!」

「ダメだ、私情が入り過ぎている。お前らだけならともかく、それにもうティムの班を向かわせた。報告を待てと何度も言っているだろう」

「ティム? はぁーっ、そりゃ安心だわ、弱腰ティムならすぐに要請が飛んでくるでしょーね!」

 俺を連れて行くか行かないかの話らしい。それにしてもこんなに嫌味なドロシーは初めて見る。いつものアダルトな余裕はどこへ行ってしまったのか。俺のためだったりするのだろうか。だとしたら嬉しいけどちょっと悲しい。

「言うじゃねーか、オレの采配に――」

 言わなきゃ。言わなきゃ収拾がつかなくなる。こんなの仲違いだ。

「俺、待ちます! 本当は居場所が判るなら今すぐにでも行きたいけど、決定だって言うなら従います」

 ドロシーはハッとして顔を伏せた。オダカも居心地が悪そうに右手で自分の頭を掴むと深く息を吸った。

「ロイ、ありがとう。少し頭を冷やしてくるわ」

 ドロシーはブリーフィングルームを出て行った。サンドラも後を追って出て行く。無言の男二人が部屋に残った。先に口を開いたのはオダカだった。

「いつもこうなっちまう」

「お辛いお立場ですね」

「ハハッ、小童め、おが多いぞ。お前、お姉ちゃんのところ行ってどうするつもりだ」

「話がしたいです。会えなかった七年、俺の話を聞いてほしい、姉の話も聞きたい」

「生き別れた姉、唯一の肉親、そらそうだよなぁ」

「――なら、行かせてあげたら?」

「出来たら苦労しないっつーの…………代表ォ、脅かしっこなしですぜ!」

「ご無沙汰しています、エクル代表」

「フフッ、トロイ君はいつもその挨拶。少し上でお話しましょう」


 夜の海。底の見えない暗い世界。ザブザブと船底を叩く波の音。冷たい海風が鼻先を掠めていく。ここは船首エリアの一画。エクルは遠くを見つめている。その見た目はどう高く見積もっても十歳くらいの少女にしか見えないのだがN.O.R.A.の代表を務めている。代表を務めているのだからそれなりの歳だとは思うが実年齢を俺は知らない。容姿に関しては能力の副産物として老化しない、あるいはできないという話を聞いた。

「こうして、夜の海と空を同時に眺めていると不思議な感じがします。水平線を見ているつもりなのですが、空と海の境界線が無いような――」エクルは空虚な空に視線を向けた「夜空にはきらきらと星々が瞬いて、ぽっかりあいた穴のように丸い月が浮かんでいます。この月というのは夜空に昇るたびに細く細くなっていき、無くなったかと思うと、」この一節。この文章を俺は知っている。俺とエクルの声が重なる「無くなったかと思うと細い月が現れてまた膨らんでいきます」

「ヨルの空という絵本の冒頭です。この絵本はヨルという少年が夜空を旅して星座たちに挨拶をするというお話です」

「エクル代表俺、その本穴が開くくらい読みました。さそり座のページが一番好きで、姉はそれを憶えていて綺羅の赤星って、なんで……なんで、今まで忘れていたのか」

 声が震える。目頭が熱い。零れてくる。思い出したのは”いつかの約束”。本に見た星座たちに会いたい。ぼくもご挨拶したい。そう駄々をこねた俺を見かねた姉は「いつか大人になったら空いっぱいのお星さまを見せてあげる」そう言って俺と指切りをしたんだ。

「そうでしたか、それであの装置、マス……マス、マスラオダーを」

「マスドライバーです、エクル代表」

「コホン。行かなければなりませんね」

「俺が、俺が行かなきゃ、けど局長を悪者にしたくないです」

「任せなさい、トロイ君」エクルは静かに目を閉じたかと思うと眼光鋭く開眼した「エージェント、トロイ・レオーニ。N.O.R.A.現代表、エクル・ニードが命じます、敵地マスドライバーへ赴きこれに潜入、姉メライ・レオーニを説得し、共に帰還なさい」

 凛とした声。波の音すら掻き消えて辺りが静まり返ったかのようにエクルの声だけが俺の胸に響いた。

「承知しました、代表」

「いつまで隠れているつもりですか。あなたたちもです、サンドラ。そして、ドロシー」

 船底を打つ荒々しい波の音が静かに聞こえる。

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