第二章 旗艦ビッグノーラ3
「次は、ここか」
扉にはセクション2、N.O.R.A.情報局第一と記されている。扉の脇にあるパネルにIDをタッチすれば扉が開くわけなのだが、なにか異様な雰囲気が漂っていて俺の手と足は止まっている。まるで身体が入室を拒否しているようだ。そうこうしていたら扉が開いた。幾重にも重なったような強烈な香りが流れてきて鼻粘膜を刺激する。これは芳香剤の匂い、空調が効いていないのだろうか?
「なにしてんの?」
面倒くさそうに小柄の白衣が言った。目の下はクマだらけ、見るからに栄養状態が悪そうだ。声の感じからすると男性だろう。口元のピアスが不健康さに拍車をかけている。
「あの、シルキーさんに用事があって」
「アポは?」
「はい、あります」
「なら、入れよ」
促されるまま、薄暗いむせ返るような匂いのする部屋に入る。モニターの青い光に照らされる情報局の面々。そのどの机の上にも芳香剤が置かれている。一体なぜ。
「奥の部屋、ノック三回、まぁ、ね」
面倒くさそうな白衣はフラフラと自分の席に戻り端末の操作を開始した。中空に浮かぶスクリーンパネルを軽快に動かしながらボードをの上で指を異様な速さで動かしている。俺はちらちら視線を浴びながら奥の部屋の前に辿り着いた。ノックを三回。
『はーい、ちょっと待ってて………………いいよー』
扉中央のスイッチに触れると開く仕組みだ。俺はスイッチに軽く触れた。扉が開く。臭い。何日もお風呂に入っていない人の臭いだ。物は少なく散らかってはいないのだが部屋の空気が悪い。芳香剤はこれか、これのせいなのか。部屋の真ん中では華奢な女性が肩にバスタオルを掛けてお着替えをしていた。下着は身につけているようだが絶賛お着替中である。
「ししし、失礼しました!」
俺は自動の扉を勢いよく掴んで手動で無理やり閉じた。元いた部屋を見渡す。情報局の面々は笑いをこらえるのに必死なようだ。やっぱりやめておいた方が良かったっかもしれない。しかしここまで来たのだ今更引き返すこともできない。
「はー、ウブだねー。ドロシーから聞いてる。もう済ませたから、来なよ」
半開きの扉から細くて白い手が伸びてきて俺を魔窟へと引き込んだ。今日の餌食。どこかからそう聞こえた。
「で、なんの用? 部下が聞きたいことがあるって言ってるって聞いてるけど」
随分と早口な割にあくび交じりに話すとは自由な人だ。シルキーはN.O.R.A.情報局の局長を務めている。この人のメテオーラは超常的な直感力である。直感。論理的なことでなく感覚的に瞬時に物事を理解したり判断する能力。サンドラやミタマや俺のメテオーラと違って極めて内向きなメテオーラ。何か知見が得られそうだから話を聞きに来たのだが。
「あの、臭いが……ぐ」
「え、お風呂入ったよ? 人来るからって、トロトロくぐったし、仕上げのボシュンってのも。え、そんなニオイする?」
シルキーは自分の脇や髪を嗅いでいる。トロトロというのは洗身ジェルのことだろう。皮脂汚れや雑菌を取り去る半固体の洗剤だ。上部から洗身個室いっぱいに落ちてきて身体を洗う。しばらく息を止めていないといけないのと滅菌、消毒、汚れの除去をして再利用されるのが難点。仕上げのボシュンというのは送風ミストのことだろう。これがまた気持ちいい。その名の通り霧状の湯が強烈な風と共に吹き付けられ一瞬で身体に残ったジェルを洗い流す。仕上げの一撃。俺はそう呼んでいる。
「いえ、多分、部屋そのものが臭いの元かと」
「しょうがないなー、じゃあ場所変えよう」
眠たそうなシルキーの提案でエントランスルームに移動することになった。シルキーの足取りはフラフラとしていて時折、肩を貸す場面があった。その際に失礼と思いながら嗅いでみたが、風呂上がりの香りで問題はなかった。エントランスルームは情報局と同じ階層にあるラグジュアリーな空間。皆の憩いの場になっている。円卓の周りに幾つかのボックス席がある。シルキーはそのうちの一つに座った。俺も対面に座る。
「ここなら大丈夫でしょ。ハイ、仕切り直し。で、なんの用」
「はい、メテオーラの使い方について聞きたいです」
「え、そんなこと? って言ってもあれだ、言語化ってことよね。私のメテオーラ知ってるでしょ、ただの直感。直感を言語化って無理くない?」
「どんな些細なことでも良いんです、自分の中の常識みたいな」
「あー、そういう。じゃあ、ゲームしようゲーム、戦略ボドゲ。確かここに…………あるのよねー。これ!」
シルキーは四角い箱を引っ張り出して掲げた。その顔は眠たそうでいて子どものように輝いていて眩しい。このボードゲームの中に何かヒントがあるのだろうか。全開で行くよー! と張り切っている。
五十分後。三回目のゲームが終わった。盤の駒を動かして相手の駒を奪い陣地を広げるゲーム。といえば単純なのだが、高所や湿地帯といった”地形”と配置できる駒をコスト内でやりくりしなければならない”編成資金”の概念が有って内容を複雑なものにしている。入門用として地形と編成資金のシステムを切ってプレイすることも出来る。
「フフン、どうよ何か掴めた」
「いえ、絶対に勝てないということだけわかりました」
「まぁ私、負けたことないしこのゲーム。これで言うと、勝ちたいって思うままに駒を動かすと最善手になっちゃうの。ケイブさんが言うにはその時点での最善じゃなくてゲーム全体通しての。参謀が言うんだから間違いないでしょ。私としては相手の手の事なんて考えていない、そもそも自分の手の事も考えていない」
「手を考えていない……?」
「そう、ただ身を任せてる、勝ちたい、勝つにはどうすればいいかっていう気持ちに。そうすると手が動く」
「勝つにはどうすればいいか、気持ち。なんとなくわかりました」
もう少し、あと少し。そびえ立つ壁の縁に手が届きそうだ。もう一滴でも注げばコップから水があふれてしまうような予感。もちろんオレにとって良い意味でだが。あと一押し何か、何かないだろうか。
「あのさ、このあと晩ご飯、どう?」
「え、えぇ、俺で良ければ」
シルキーは胸の前で小さく喜んだ。
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