第一章 フェイスン・ロット5
サンドラを壁にもたれさせる。いつまでものしかかられていたら決まりが悪いだろう。俺も水路の壁に背中を預けた。もうクタクタだ。
「ドリィすごいね」
俺にだけ聞こえるくらいのサンドラの声。その目には犬型モルフィックと戦うドロシーが映っていて感嘆と羨望に満ちているように思えた。その反面、肩の落ち具合は自分の不甲斐なさが表れているのだろうか。ドロシーは襲い来る犬型モルフィックに蹴りや殴りといったお得意の体術を駆使していたが全く効果が無かったようで今はエナジーガンで応戦している。いくらかダメージはあるようだが決め手に欠けているらしい。
「加勢しないの」
「弾切れ。有ってもあそこに割って入るのは難しいだろ」
「そっか。あれって新武器? ああいうの好きそうだもんね、
ドロシーの手からは緑の光が剣のように伸びている。エナジーセイバー。実用にはまだ遠いと聞いていたけど目の前でドロシーが振るっているのはまさしくそれだ。どういう原理かも説明されたけどよく覚えていない。確か反重力力場を転用して収束させたエネルギーをその場に圧し留める技術だとかなんとか。言っていることは解るが、その内容についてはチンプンカンプンで理解できなかった。
光の束が犬型の胴を両断するとゴムの焼けたような臭いが漂ってくる。真っ二つになったモルフィックだったが、後ろ足側の胴体が液状化したかと思うと一直線に這って前足側の両断面に辿り着き融合、再び犬型に形状が変化した。無駄だと言わんばかりに耳をつんざくような咆哮を上げる。しかし、その姿は一回りほど小さくなっていて胴に在った眼が失われている。俺の知る由もないが、この時ドロシーは二つの事実から一つの仮説を立てていた。一つ、犬型のモルフィックの体組成は液体であり流動的である。二つ、身体を構成する液体はエネルギーに触れると蒸発する。よって、犬型の身体を保つための核となる部分があるのではないかと。胴体の眼が失くなったことでこの核の仮説には俺もたどり着いた。
「ドロシーさん、眼だ、二匹が合体してる!」
「合体っ!? でも、了解っ!」
跳躍した犬型に立ち向かい、ドロシーはエナジーセイバーをクルリと振るうと右から左上に向かって宙に軽やかな緑の軌跡を描いた。肩と頭部の眼が同時に一閃される。犬型を形作っていた液体は激しい水音を立てて床に黒い染み溜まりを作り出した。
この流動体モルフィックは後に、識別名をリカーシブと名付けられ、特に犬型の形を取る個体はリカーシブ・ハウンドと呼称される。ドロシーはリカーシブ・ハウンドの染み溜まりに瓶を当ててサンプルを回収した。
「はぁーっ、手強いヤツだった。二人とも無事?」
「怪我はないけど無事じゃないですよ、全然」
「あー、ごめんなさい。今回の件は全面的に私が悪いです」
「怒らない?」
「んー、本当は叱らないといけない立場だけど。私にはムリ。でもオダカはきっと、ド叱るだろうなー」
「ここは一つ口裏を合わせるというのは」
「ァン、ダメダメ、これの試験運用でモニターされてるから。使用感だけならそれも良かったんだけどね」
ドロシーは手に持っている筒状の装置を振るう。水路の天井スレスレ、全体を俯瞰して見られる位置にドローンが音もなく浮かんでいる。
「会話も筒抜けってこと?」
「それは大丈夫。音声は拾ってない……はず。三人で怒られよう、フーゥ!」ドロシーはおどけた様子で肩をすくめ身震いしてみせる。大きな溜息が聞こえた。俺も今日はなんだかすごく疲れたな。
「私は討ち漏らしがないか見てくるから二人は安全な場所、そうね、合流地点だったエントランスで待機してて、それじゃ」
水路に流れる水の音だけがこの場を支配する。祭りの後のような静けさだ。
「……行っちゃった」
「俺達も行こう」
サンドラを背負って俺は歩き出した。サンドラは何か言ったみたいだけど、涙声のそれは外套の擦れる音で俺の耳には届かなかった。
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