第一章 フェイスン・ロット4

 電灯が等間隔に灯り水路を照らす。水路と言っても二人で並んで歩けるほどに広い。その割には流れている水の量は少なく掘りの部分は水路の真ん中、五十センチほどの幅しかない。シェストの話によるとこの水路は排水を流しているわけではなくM.M.組合の避難路のようなもので流れている水は飲用可能な水であり、街の至るところに隠し扉が設置されているという話だ。このことは組合員でも少数の者しか知らないらしい。

 サンドラの端末から空中に小さなサイズの立体的な地図が表示されている。赤い光点がいくつか点灯していてこのポイントがモルフィックの姿が確認された地点ポイントということだ。一つ目の地点には何もなかった。二つ目も何もない。残りは件の乱れた映像の地点だけ。水路の奥、地上では街のはずれに位置する。

「ねぇ、何か聞こえない」

 まだ例の地点までは距離がある。しかし足を止めて耳を澄ませてみると流れる水音に交じってヒタヒタといった湿ったような別の音が聞こえる。グルルルル。呻くような空気の振動が鼓膜を揺らす。近い。向こうからはこちらが見えているのだろう。呻き声が重なって聞こえる。

「ロイ、前方、犬型二匹――ッ!」

 その声が合図になったのか二匹の犬型モルフィックがサンドラめがけて跳び掛かる。それと同時にサンドラの周囲で電光が炸裂した。サンドラのメテオーラによる放電現象。威力は申し分なくどちらの犬型の牙もサンドラに届くことなく水路の床にバシャリと散ったことだろう。この放電は周囲の一定範囲にまで及ぶ。つまり俺にも被害が及ぶ。俺は咄嗟に取り出した圧縮粘土を使って作った土の壁に隠れて難を逃れた。やることが判っているから対処できるが、それにしても急すぎる。何か合図でもあれば慌てなくても済むのだが。 

 土の壁の向こうで再び雷音が響き、迸る電光が視界の端を照らす。仕留め切れていなかったのだろうか。

「……サンドラ? サンドラさーん」返事がない。

「ロイぃ、ちょっとヤバい、かも」

 弱弱しいサンドラの声が水路に反響した。土の壁から身を乗り出して状況を確認する。床のそこかしこに黒の染みがある。おそらくモルフィックだったものだろう。その真ん中でサンドラは力なく横たわっている。二メートル程先。そしてさらにその奥を見た俺はギョッとした。白く輝く鋭い目が二つ、四つ、六つ。サンドラを狙っているようだ。正直恐い。助けてほしい。でも助けなど来ようはずがない。俺が何とかしなければ。死地に追い込まれてこそ力を発揮する。サンドラの言葉が頭を過ぎった。

「こっちだーッ!」

 土壁を飛び出して振りかぶる。手には封を切った新品の圧縮粘土。もう膨らみ始めている。土の壁になっていた粘土は俺の動きに呼応するように、ひと塊に形を変えて一匹のモルフィックを打つ。重さに耐えかねたモルフィックは悲鳴にも似た鳴き声を上げてシミになった。手に持っている圧縮粘土とモルフィックにぶつけた粘土を合わせて再び壁を作る。今度は水路を塞ぐ土壁だ。襲いかかってきた二匹を巻き込んで、なんとか行き止まりを完成させることが出来た。少し薄いからもう一つ粘土を追加する。それでもやはり心もとない。それでも牙を剥きだして壁に嵌まっているヤツ達をついでに仕留めることが出来たのは大きいだろう。これで手持ちの粘土を使い切ってしまった。

「立てるか、サンドラ」

「無理ぃ、指も動かない」

「口が動いているなら大丈夫だな……退こう」

 見立てが甘かった。すでにモルフィックは水路の奥で巣食っていた。もしかしたらシェストは知っていたのかもしれない。だが今はそんなことを考えていても仕方ない。俺はサンドラを背負って来た道を戻る。サンドラの体躯は予想よりも軽かった。圧縮粘土三つと同じくらいの重量。粘土を使い切っていて良かったかもしれない。粘土三つ分、二百四十リットルの土壁。水路の高さがおよそ二メートルとして横幅もそれなりにある。作れた壁の厚みは心もとない。サンドラも行動不能。

 オーラ欠乏症。それがサンドラの行動不能の原因だ。能力メテオーラによる現象はメテオーラ因子が増幅、変質させた人間の生体電気の発露の結果だと言われている。あれほどの放電を行えば当然消耗は激しい。続けて二度も放ったのだからこの状況は無理もない。一晩も休めば元通りだろうが仮に動けるようになったとしても今回はもう再起不能だろう。

「ごめん」耳元でささやくような、か細い声がした「見立てが甘かった、調子乗ってた」

「俺の方こそ。できると思ったから承諾した、でもダメだった。それだけだ」

「はぁ、ドリィ怒るよね、打たれるかな」

「打たれはしないだろうけど、お叱りは免れないだろ、一緒に叱られよう。生き延びられればだけど」

「閉じ込めてきたんじゃないの」

「一応は、けど時間の問題だと思う」

 ペチャペチャと忙しない足音が聞こえる。

「……未熟、だよね、私」

 ハッハッハッと獣の荒い息遣いが聞こえる。

「私だろ?」

 タッタッタッと地面を蹴るような音が聞こえる。

「茶化すなし」

 グルルルル、威嚇するような唸り声が聞こえる。追いつかれた。一匹だけだが、先程の犬型よりも一回りも二回りも大きく、顔の鋭い二つの眼の他、左の肩や右胴体にそれぞれ合計四つの眼を持っている。

 咆哮を上げた犬型モルフィックはこちらの様子を伺うように体勢を低くしている。サンドラを背負っている俺には何もできない。せめて犬型と対峙してサンドラへ注意が向かないようにしよう。そう思った時だった。

「伏せなさいッ!」

 瞬間、オレは身体を捻ってサンドラを抱きかかえる形でその場に伏せた。並び順で言うなら上から俺、サンドラ、地面。二度ほど空気を裂くような音がした。エナジーガンの発砲音。地面を蹴る音が俺達の脇を駆け抜けていく。ズパン! と水を蹴ったような音がして、再びエナジーガンの発砲音が聞こえた。俺は顔を上げる。そこには安堵と居心地の悪さが同居していた。すらりと伸びていながらも力強さの宿る脚、燃えるようなオレンジの髪、そのところどころに覗くエメラルドグリーンのインナーカラー。

「ドロシー……さん」

「話はあと、よく頑張ったね!」

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