第一章 フェイスン・ロット3
「はーっ、もう信じらんない!」
M.M.組合の本部を後にした俺たちはフェイスン・ロットのメインストリートを歩いていた。ここは街の中心地の辺りだ。街に入る時に時に見みえたブラックマーケットに向かっている。
「それにアイツのあの態度! なんなのよ、もう!」
「まぁまぁ、俺たちまで駆り出されるくらい忙しいんだからドロシーもてんやわんやなんだよ」
「俺たちって何よ。暇してんのはアンタくらいでしょ、訓練ばっかで実戦出ないのは」
「それはそう。もう少しで何か掴めそうなんだけどな」
俺のメテオーラは医療局研究医の言葉を借りるなら一定の化学組成を有した無機結晶物質、つまりは石や岩、土を操ることが出来るのだが。俺は未だにこの能力を上手くコントロールできないでいる。離れた場所の岩を動かしたり引き寄せたり土で壁を作ったりと、ある程度の事はできるのだがしかし、同じようなメテオーラを持っている者は石ころを弾丸のように撃ち出すことが出来る。俺にはそれができないうちから実戦は早いように思えた。土の操作にしてもそうだ。土塊を瞬時に複雑な彫像のように形作れる者もいる。俺にはやはりそれもできない。唯一誇れるのは引き寄せる力だけ。早い話がメテオーラ戦闘において自信がない。やり方を聞いてみても皆口を揃えたように「やろうと思ったらできていたから、やり方とか言われてもなあ」という返答ばかりだった。
「なんていうかさ、経験が足りないんじゃない? ほら、死地に追い込まれてこそ力を発揮するみたいな言葉なかったっけ」
「聞いたことないけど、そういうこともあるか」
「あ、そうだ!」サンドラは手を叩いた「このままドリィ待つんじゃなくて二人でやっちゃわない? もう終わったって一泡吹かせてやろうよ」
あまり気乗りはしないが俺が行かなければ恐らく一人ででも行ってしまうことだろう。それだけは避けたい。
「仕方ない。止めたって聞かないんだよな」
「うん、もう決めた」
「はいはいお供しますよ。けど日暮れまでは待とう」
「承知ー」
ブラックマーケットの喧騒に俺たちの会話が吸い込まれていく。日々様々な品物の取引が行われる露店の集まり。それがブラックマーケット。店舗をを構えている所もあるが数は少ない。サンドラによると旧時代の物から最新の機械部品まで探せば何でも揃う。売買されている物はなにも物品だけに限らず技術や情報、違法合法問わず多岐に渡る。とのことだった。
「あのさ、お姉さんの子こと情報屋に頼ってみるってのはどう?」
「情報って言っても手掛かりはこれだけだし」俺は首から下げているペンダントを見せた。ぴったり全身を覆うインナーから引き出すからほんの少し苦労する。ぴったりインナースーツ、身体保護のアンダースーツ、風除けの外套。これが一般的なN.O.R.A.エージェントの服装。必要に応じて外套の中にベストを着用したりアンダーアーマーを着込む。ちなみに俺はベスト着用だ。
「うーんじゃあ無理か。ねぇ、そのペンダント動いてるけどなんなの、クルクルーって」
「ああ、方位磁針なんだけど、壊れていて北じゃない一点をずっーと指してて……」
針がクルクルと回っている。こんな反応は今までに一度もなかった。
……いる。
方位磁針が伝えている。近くに姉がいると。確証はないけど確信がある。俺は顔を上げて辺りを見渡した。人、人、人。見渡す限りの人の群れ。その中に一人、白い装束の女を見つけた。視線が交わる。明らかな動揺。相手は目を見開いて視線を逸らした。十代の七年。成長している。それでも見間違うはずがない。姉であろう白装束は足早に人混みを掻き分けて逃げていく。
「メラ!」言うが早いか俺の脚は姉の姿を追いかけていた。逃がすものか。視界の中心にしっかりとその姿を捉えて外さない。良かった、生きてた。話がしたい。なんで逃げるんだ。待ってくれ。ぼくを置いて行かないでメライ! 姉さん!
人混みを抜けて路地裏に入る。蒸気と食品油の匂いが立ち込める建物の裏。その先は行き止まりだったようで観念したように天を仰ぐ姉がゆっくりとこちらを向いた。その姿は着ている物も相まって神々しくもあり今の俺でなければ見惚れていたかもしれない。
「メラ、姉さん、どうして」言葉が出てこない。やっとの思いで絞り出せたのはこれだけ。
「そう呼ばれる資格は私にはない」
「そんなことない!」
「すまないロイ。もう少しだけ待っていてほしい。いつかの約束を果たす」
「いつかっていつだよ! そんなのどうだって良い、俺は姉さんと一緒に居たいんだ!」
「そうか――」
なんでそんなに悲しい顔をするんだよ。いたたまれない。気持ちの持って行き場がない。言葉が続かない。
「麗しいですねぇ」
「トエガ……」
いつの間にか俺の背後に白装束の男が立っていた。耳にまとわりつくような声。あの時に見た装飾の男だ。音もなく忍び寄っていたトエガと呼ばれる男は俺を捕らえることもなく、何か仕掛けてくるわけでもなく。ただそこに佇んでいた
「お返ししたいのは山々ですが、こちらにも事情がありまして。とはいえ貴方のお姉さんは自ら進んで協力してくださっているのですよ」
「どういうことだ!」
メラは居心地が悪そうに顔を逸らしてしてしまった。
七年前のあの日、姉とトエガの間に何があったのか俺は知らない。でもあのメラが俺を置いて行ってしまうほどの何かがあったはず。
「用事は済ませました。行きましょう」 宙にふわりと浮いたトエガとメラは無情にも高度を上げていく。
「待って、行くな、行かないでくれ!」
「ロイ……綺羅の赤星、夜の空だ」
それだけを言い残して二人は俺の手の届かない場所でスゥーッと消えた。俺には何のことかさっぱりだ。また置いて行かれた。俺はまたひとりに。
ほどなくしてドタドタと土埃でも舞いそうな足音と荒い呼吸が聞こえてきた。見てみるとサンドラが膝に手を置いて肩を上下させている。
「ちょっと、ロイ、急に、走り出すの、なしでしょ」そのままの姿勢で顔だけ上げて息を整える間もなくサンドラは喋り続ける「置いて、行くなし。でも、居たのよね、お姉さん」
「ああ、逃げられたけど」
「はぁ、なんで、そんな、涼しい顔、してんのよ、笑うな、バカ」
「だって、サンドラがあまりにも疲れてて可笑しくて」
俺は胸の奥にほんの少し温かいものを感じた。この感覚は遠い昔にもあった気がする。
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