第一章 フェイスン・ロット2
現在、俺たちはM.M.組合本部の応接間で待たされている。ハリのあるソファ、膝丈の艶やかな石のテーブル、豪奢な装飾の柱、煌びやかな壁紙、溢れんばかりに生けられた生花。見渡す限り岩と砂のこの土地で、これだけ立派な生花は珍しい。恐らくメテオーラによるものだろう。N.O.R.A.にもそういったメテオーラを持った者がいる。確かサンドラと仲が良かった。
コンコンコンと三度扉が叩かれ片メガネのご老人が部屋に入ってきた。スラっと背筋が伸びていて只者でない威厳を感じる。彼が頭目だろうか。そう思っていたら只ならぬ威圧感に隠れていた男の子が俺達の前のソファにドッカリと座った。年の頃、十二、三といったところだろう。彼を一言で言い表すなら可愛いだ。眉毛も整えているようで目鼻立ちもスッキリしている。片メガネのご老人はソファの脇に控えて立っている。
「初めまして、ノーラエージェント。ボクはシェスト、シェスト・ハーバニルだ。頭目代理を務めている」
「え、あ、えっ?」
サンドラは混乱しているようだった。俺もサンドラ程ではないが混乱している自覚はある。しかし、よくよく考えてみれば
「そうでしたかシェスト殿。して、此度は水路の調査という話でしたが、詳しくお話をお聞かせ願います」
「フン、お前は話の分かりそうなヤツで助かるぞ。じい」
「かしこまりました、ご子息様」片メガネの老人はテーブルの中央に厚みのある円形の装置を置いた。立体像を映し出すプロジェクターだ。旧時代では人間の錯視を用いた方法で立体的に映像を見せる方法が流行していたと聞くがテーブルに置かれた目の前のこの装置がどういう仕組みの物なのかは俺には分からない。
「報告は二週間ほど前からだ。酔っ払いの戯言かと流していたが、どうも件数が多くてな。調べてみたら被害に遭っている者もいるのだ」じいは旧式のタブレット端末を掲げ、生々しく皮膚の裂けた腕のピクチャを開いた。赤黒く変色した傷口に思わず口の奥に唾液が溜まるのを感じた。
「いずれの証言も夜、水路の近くで遭遇したとあってな。調査の結果、管理用水路の奥にモルフィックが潜んでいることが判った」
プロジェクターに立方体の図形によって形作られたフェイスン・ロットの全景が表示されて赤の光点が点滅する。ここが本件の現場らしい。
「えっと、もう調査は済んでるってこと」
「調査? そんなものはとうに終えている。ドローンでな。サンプルは得ていないがモルフィックの様子は映像もある」
「はぁ? こっちは調査の依頼ってことで来てんだけど」
「なにを言うか、元々モルフィックの駆除で依頼している。信用第一、なぁ、じいよ」
「はい、ご子息様。その通りでございます」じいは再び旧式の端末を掲げた。そこにはN.O.R.A.外勤局局長オダカのサインが成された依頼状が映し出されていた。連絡して確認しても構わんぞ。と言わんばかりにシェストは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。
「申しわけない、シェスト殿。どうやら行き違いがあったようで」
「ちょっとロイ、勝手に話を進めないでよ」
「サンドラ、メッセージ来てる」
俺は自分の端末を示しながらサンドラの端末のランプが点滅していることを知らせた。これは、嫌な予感がする。
『度々ごめーん、調査って言ってた気がするけど駆除依頼だったみたい。今度埋め合わせするから許して。それとゼッ……タイ二人だけで行っちゃダメよ、合流するまで待機で。もうホント鶏頭、ごめん!』
ゼッタイのゼッのところでだいぶ溜めて話すドロシーのメッセージが終わるとサンドラが騒ぎ立てた。
「お前かー!!!!!」
髪を逆立てて思いつく限りの罵倒の言葉を吐いて端末を壊さんばかりの勢いで腕を振り上げたところで俺は咄嗟にその腕を絡めとって制圧した。
「穏やかに行こうサンドラ、どうどう」 フーッ、フーッと荒い息を上げていた背中を撫でてなだめすかしてしばらく。サンドラは落ち着きを取り戻したがその表情は怒っているのか悲しいのか判別はつかない。しかしふてくされているのは確かだった。
「茶番は済んだか」
「不遜な態度を取りました。ごめんなさい」
「フン、わかれば良い」
頭を下げて小さくなったサンドラを置いて俺はシェストと話を詰めていく。モルフィックの映像は三つ。一つは犬のような四足歩行のモルフィックが鉄パイプで打たれ、水風船のように弾ける様子の映像。もう一つは同じく犬のような生物がネズミを捕食する様子を映した映像。この捕食というのがなんとも不気味で通常この手の牙を持つ生物であれば元の生物の生態が残っており、得物を小さく咀嚼して捕食するものだが、この犬型のモルフィックは様子が違っていた。ネズミの姿を発見したかと思うと頭部が裂けてネズミを丸呑みにしてしまったのである。そして最後の映像は封鎖していた水路に侵入した若者が撮ったものらしく、とても乱れていた映像。何かに驚いた若者がその場から逃げ去るというものだった。この最後の映像には一瞬、ほんの数フレームだけ天井に張り付いた房のような物体が映っていたのだがこの時の俺は見逃していた。
「――承知しました。では応援が着き次第の対処ということで一つ」
「あぁ、そうしてくれ」
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