第一章 フェイスン・ロット1
襲われる時はいつだって突然だ。今でも時々夢に見る。姉が連れて行かれたあの日のことを。逃げ惑う人々。立ち昇る黒煙。焼け落ちる簡易テント。俺の手を引く姉。
当時の俺達は十になったばかりだった。こことは違う別の難民シェルターでささやかなお祝いをしてもらった。俺達の両親は既に居ない。はぐれたんじゃない。空の星になったと聞いている。空の星っていうのが何なのか当時の俺には分からなかった。
「居たぞ!」
男の声がした。姉の影から声のした方を覗いてみると白い装束の男が向こうを向いてこっちを指差している。俺は姉の後ろに隠れてその服の裾を掴んだ。
「大丈夫よ、ロイ」
俺の手を上から握って言った。温かな姉の手は少し震えていたと思う。目の前には三人の白装束の男達。
「ようやく見つけましたよ、綺羅へと至る鍵」
耳にまとわりつくようなその声は今でもはっきり覚えている。後から来たその声の主は俺たちに向かって歩み出た。その男は他の二人と違って金の装飾の付いた白装束を着ていて痩せている。
「そんなの知らない!」
そう言いながら姉は俺のボロ服のポケットに小さな
(これ、メラの)とても大事にしていたペンダントだ。もし俺が迷子になってもこれが見つけてくれると常々語っていた。
「こちらの話です。少し私とお話をしましょう」
「来ないで!」
次の瞬間、男たちは短いうめき声をあげると膝を崩して地に伏した。かろうじて立っていた装飾付きの男も、まるでなにか重たいものでも背負っているかのように身を屈めてその場から動けないようだった。
「ほほォ、素晴らしい! これぞまさしく鍵となる
「逃げるよ!」
姉は振り返って俺の手を引いた。でも俺は動けなかった。
「……が、ぐぇ……」
苦しかった。胸の奥が圧し潰されるように痛くて。口の中が乾いて気持ち悪かった。
「ロイ!」
「手荒なマネをしたくはなかったのですが、貴女がいけないのですよ」
頭が締め付けられるように痛くて、心臓がドクドク早くて。でもそんなことよりも、とにかく苦しくて俺の視界は暗く沈んでいった。
「やめて、言うことを聞く、聞くからロイを助けて!」
浮遊感を伴う朦朧とした暗い世界で泣き叫ぶような声がした。それが姉の声を聞いた最後だった。
そのあと俺は固い寝台の上で目を覚ました。
「ねぇロイ、ねぇって」
誰かの声がする。この声はサンドラか。サンドラとはその寝台の上で知り合った。歳が近いから看ているようにと言われたそうだ。俺が目を覚ました時、サンドラは眠たそうに目をこすりながら「あ、起きた」って呟いていたんだったか。
「ちょっと聞いてんの?」
「あぁ、悪い。少し昔を思い出してて」
「あー、お姉さんか……まぁいいわ、見えてきたよフェイスン・ロット」
フライトカーゴの窓からサンドラの指した方へ目をやる。曇天の空。かつての空は透き通るように青く高かったという。やんわりとした灰色の日の光は薄っすらとだけ地上を照らしている。俺が生まれる前から空はずっと灰色だ。夕方は真っ赤に燃えたような色になる。流星災害はこの惑星から先人たちの培った歴史と共に空をも奪った。地上は一面の荒野。ここから見えるのは岩山に沢山の赤と白と灰色のタワーが立ち並んでいる光景だ。折れていたり、ひしゃげていたり。それとは別に幾つものパイプを組み上げて作ったような四角の要塞。へこんだ球状のガスタンク。巨人のトンネル滑り台のような建造物。どれも遠く離れたこの位置から見える程に錆が浮いていて老朽化が激しい。
「私らの用事はこっちのエリア」
「こっちのエリア?」
「あっちは旧時代の工業地域だからね。あ、アンタ初めてだっけフェイスン・ロット、私も何か月か前に来たきりだけど。ほら」
再び示された方を見てみる。工業都市フェイスン・ロット。数多の工場がひしめき合い、新たな製品を生み出し続ける街。工場と言っても各建物は楕円形の柱のような形をしていて外から見てもそれが工場であることを判別することは出来そうになかった。でも人の姿は確認できた。地面すれすれを滑るように移動する反重力駆動装置フライトカーゴ。今俺たちが乗っている物は人を運ぶためのものだが、次々とすれ違うカーゴは資材を運ぶのに適した形状をしている。
「あの奥に見えるのが居住区で、今通ってきたのが工場地帯」
都市と呼ばれるエリアはどこもそうだが、天蓋付きの透明なU字の壁で囲まれてドーム状をしている。塵を含んだ風雨から建物や人々を護るためだ。主にU字の底の部分が居住スペースになっている。もちろん街にも宿泊施設はあるがそれらは観光客や外部から来た者のためのものである。
「あれは……人か」
俺は右手に見えるうごめく区画を指した。よく見れば人の群れだと分かったが、一瞬見ただけでは大きな流動するうねりのようなものにしか見えなかった。
「あの辺はブラックマーケット、あとで案内したげる」サンドラは治安も悪いしと付け加えた。フィンフィンというカーゴの駆動音が弱まると地に落ちる羽のように静かに着地した。
『合流地点に到着いたしました、定刻通りです』
フロントモニターに映し出された斜めから見た正方形が山と谷を作るのに合わせて耳触りの良い透き通るような音声が流れた。
「ありがと、
『どういたしまして、サンドラ、トロイ。お二人の健闘を祈ります』
「ただの調査だけどな」
「揚げ足取んなし」
空になったカーゴを見送って俺とサンドラはフェイスン・ロットの商業区に降り立った。乾いた空気が頬を撫でる。サンドラは大きく伸びをして、さて行きますかと歩き出した。俺はそれについて歩く。俺が十七歳でサンドラよりも一つ歳上なのだが。
「ドリィ居ないね」
合流地点である宿泊施設のエントランスに入ってしばらく辺りを探してみたがドロシーの姿はなかった。ドロシーは俺達の上司に当たる人だ。通常俺たちの所属しているN.O.R.A.
「おっと、着信だ」
いつの間にか腕に取り付けている小型端末のランプが点滅していた。俺は端末を操作してランプを点滅させている原因を早々に突きとめた。大音量でメッセージが再生される。
『ごめーん、
一時、衆人の注目を集めたが皆すぐにそれぞれの営みに戻って行った。
「……逃げた」
「最後のヨロシクーゥ! っての陽気すぎてニクいよな」
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