「第二話」ヤンキー、異世界転生する

 


 つやつやした石っぽい天井が目に入った。

 痛いっていう感覚があって、吸って吐いたりの息をしている。……ってことは、ここは水の中ではない。でも波の音は聞こえる、多分海からはそう遠くはない。


 首を横に向けると、そこにはアタシが映り込んでいた。ボサボサの長い赤髪、鷹みたいな目つきのツリ目、生まれつきの琥珀色の眼。そばかすのうっすら滲んだ頬。


 「……アタシ生きてる」


 ──ガチャ。足元の方から、ドアが開く音と足音が聞こえる。

 

 「ぁ?」


 痛む身体をゆっくりと起こすと、そこにはお盆を手に持ったシスターの格好をした女のガキがいた。

 黒い修道服に身を纏った様子は素直に綺麗だと思った。整った顔、青い目に煌めく白髪。


 「お目覚めに、なったんですね」


 ホッと胸を撫で下ろす様子が見て取れる。弱っちそうに見えるが、嫌いではない感じ。

 そのままゆっくりと、アタシの寝ていたベッドの横にある椅子に座りこんだ。その一挙手一投足には見入るような品があり、同性のアタシでも惹かれるものがあった。


 「あの、お身体はどうですか? 痛むところとか、どこか……」

 「んー、まぁ大丈夫かな。身体は昔っから丈夫だからさ」

 「そうなんですね。……その、なんというか独特な喋り方ですね」

 「口が悪いって言いたいんだろ?」

  

 ……あっ、やべ。

 開いた口をパクパクさせてしまっている。

 まぁこんな弱っちそうな感じだもんな、いきなりぶっ込んだからビビっちまうか。


 「その、あの、すみません」

 「別に怒ってるとかそういうんじゃねーよ。……そんなビビんなって、こっちも気まずいんだよ」

 「はい……すみません」


 苦手だ。

 こういうナヨナヨしたタイプの人間、特に女……しかもこうも年が近そうなやつは無理だ。嫌いだとかムカつくとか流石にそこまで行くわけじゃないが、気持ちの良いものではない。


 ぐぅぅぅぅぅうぅぅ……。


 「……アタシだな」

 「あっ、じゃあこれをどうぞ。お口に合うかどうかはちょっと自信ないですけど……」


 手渡された木のお椀の中を覗き込むと、そこには白いシチューが入っていた。肉、じゃがいも、玉ねぎ……それからニンジン。うむ、満点だ。

 いただきまーす。元気に手を合わせ、口に運ぶ。……うん、美味い。やっぱり美味い。しかもちゃんと温かいし整った味がする!


 気がつけばお椀は空っぽだった。


 「……ふぅ、滅茶苦茶美味かった!」

 「ホントですか!? 嬉しいです、手作りだったので」

 「マジ? すげーな、アタシ料理とかできないからなぁ……”そんけー”するぜ」

 

 いやぁ本当に美味かった。溺れ死にかけた直後だから余計に冷えた身体に染みるのなんの。……ってか、そうじゃん。アタシさっきまで死にかけてたんじゃん!


 「なぁ、えっと……アタシは酒田舞香。オマエの名前は?」

 「ハンナです。マイカさん、ですね。可愛い名前ですね!」

 「うっせ。なぁ、ここどこだ? アタシさっきまで海で溺れてたはずなんだよ」

 「やっぱりそうでしたか。三日前、海岸で倒れている貴女を見つけた時は心臓が止まるかと思いましたよ……」

 「三日間!?」


 アタシは三日間も海を漂っていたのか。ってことはアレか、色々と流されて結構遠くの方にまで来ちゃった感じなんだろうか?

 

 (北海道? 沖縄? いやいやまさかアメリカとか? いやぁでも日本語通じてるし外国ってことはない……無いよな?)


 まぁハナから住む場所も持ち物もほとんど無いし、いうて困ることはほとんど無いのだが、まぁ一応聞いておいて損はないだろう。


 「んで、ここは……」

 「えっと、ソロン王国です」


 ……。

 ……そろんおうこく?

 聞いたことがない。いや待てよ、学の無いアタシが知らないだけでこの綺麗なおじょーちゃんみたいなのからしてみればアメリカとかイギリスみたいな超有名な国なのかも知れない。


 「……あー」


 そうだとしたら、もしも”そんな国はない”なんて言おうものなら馬鹿にされてしまう。

 そんなことは辛い、耐えられない。よし、知ったかぶろう。


 「ソロン王国、ね。ナルホドね? アタシは随分と遠い場所に来ちまったみてぇだな」

 「やっぱりそうですよね。今お洗濯している服もあまり見慣れないものでしたし……マイカさんはどこに住んでいたんですか?」

 「日本。神奈川県の……えっと、どっかに住んでた」

 「ニホン、カナガワケンですか。……すみません、私は聞いたことがない国の名前です」

 

 なんということだ、コイツ馬鹿だ。

 外国人とはいえ日本を知らないとかアタシと同じかそれ以下じゃないか。可哀想に。


 (あれ? だったらなんで日本語通じてるんだ?)


 ハーフってやつかな。親譲りの馬鹿な頭をフル回転させるが、なーんとなく違和感がある。

 しかし困った。ここが日本じゃない、しかも聞いたこともないような遠い遠い場所にある国だとするならば、帰るためには相当な距離を移動しなければならない。……電車、船、飛行機? どれを使うにしろ一文無しのアタシには縁遠い存在である。


 (……ん?)


 ……いや、待てよ?

 別に帰る必要、無くね?

 

 雨風凌げて温かい建物。

 清潔で臭くない服、ふかふかのベッド。

 そして、滅茶苦茶上手い料理。……それを作ってくれる優しいシスター。


 「でも、安心してくださいマイカさん。私がどうにか……」

 「いや、いい」

 「え?」


 人にお願いをする時はまず、相手の手を握るッ! がしっ!


 「えっ!?」

 

 そして動揺している相手にすかさずお願い! きちんと相手の目を見る!


 「アタシ、ここに住みたい。毎日オマエの作った飯が食いたいんだ」

 

 目を決して逸らさない。どんな厚かましいお願いも、この誠意あるお願いに”NO”と言えた人間はいないのだ! ……まぁ、男にやったことはないけど。


 「え、えっと、その」

 「頼む、アタシには必要なんだ」


 こんな右も左もわからない土地で衣食住を確保できるかも知れないまたとないチャンスだ。絶対に、ぜーったいに逃すわけにはいかないのだ。

 

 ……ぽろぽろ、ぽろぽろ。


 (え?)


 なんか、急に泣き始めたんだけど。

 なんで? もしかしてそんなに、泣くほど不快に思ったのか?


 「な、泣くなよ。悪かったよ……」

 「違うんです。その、嬉しくて」


 嬉しい? 

 疑問符の浮かんだアタシを置いてけぼりに、シスターは目元の涙を拭って、微笑んだ。


 「初めてなんです、誰かから求められるのが。……こんな私でも、誰かに願ってもらえるんだなって」

 「……? お、おう」


 独特な感性をお持ちのようで。アタシが言うのもなんだが、こんな厚かましいお願いをされたのに、嫌な顔一つせずむしろ泣いて喜ぶって……まぁ、聖職者ってやつなんだろうか?

 

 「私、生まれてすぐに親に捨てられたんです」


 思わずシスターを見た。涙を拭いながら、少し俯いていた。


 「色んな人から恵んでもらったもので命を繋いで、なのになにも返せなくて、いっつも貰ってばっかりで。……だから、すごく嬉しかったんです」


 ふーん、そっか。親に捨てられたのか。

 アタシと同じなのか、こいつも。

 

 「マイカさん」


 やけにかしこまった声と目線でシスターが名前を呼んできた。


 「もしよろしければ、ずっとここにいるというのはどうでしょうか? いつまでと言わず、ずっと、ずっと……もっ、勿論あなたがよければ……ですけど」


 なんかいきなりクソデカ棚からぼた餅大勝利。このまま野宿とかを覚悟していたアタシからすれば、こんな贅沢な衣食住付きの生活ほど心強くありがたいものはない。

 やっぱり少々欲張りで厚かましい気もするが生きるためだ、ありがたくお世話になるとしよう。


 「勿論! これからよろしくな、シスターさん!」

 「……! はいっ、これからよろしくお願いしますね!」


 あっ、お、お風呂の準備してきますね! そう言って、シスターは顔を真っ赤にして部屋を出ていった。

 なんというか、アタシが言うのもなんだが”逆”な気がする。普通はアタシが喜んで、あっちは困るとかそういう感じだろうに……いい人なんだろうか? まぁそれで片付けるのにはちょっと違う感じもするが。


 「……んー?」


 部屋の中を改めて見回していると、そこには見覚えのある金属の光沢が見えた。

 ベッドから降り、それに近づく。……これ、アタシの金属バットだ!


 「生きてたのかよお前ぇ!!」


 喜びのあまり柄を掴み、その場でぶん回す。うん、いいぞ、これはやっぱりアタシの相棒だ! バイクで海に突っ込んだ時に失くしたかと思ったが、この野郎アタシについてきやがった! 可愛い奴め。


 「へへっ、これからもぶん回してやるからな──」


 ────強い振動、いいや衝撃。


 (地震!?)


 考えるよりも先に体が動いていた。ドアを開けて廊下に出る。……まだ揺れてる。音も、左側から聞こえる。


 「マイカさん!」


 細い廊下の曲がり角から飛び出してきたのは、シスターさんだった。


 「逃げてください!!!!」


 破壊。飛び散る壁の破片。……疑問よりも先に、答えが向こうから強引にやってきた。

 その余波により倒れ込むシスター。アタシは咄嗟に駆け寄った。


 「きゃあっ……」

 「シスター!」


 脚をちょっとやられてるが、致命傷ではない。大丈夫だ。

 いや、それよりも。


 (なんかいる。でっかい、ヤバいのが)

 「……まいか、さん」

 「逃げるぞ。……んよい、しょっと!」


 多分シスターは走ることが出来ない。アタシは彼女の軽い身体を、金属バットを握った方とは反対の手で抱きかかえ、そのまま廊下の奥の奥へと走っていった。──同時に、背後からドデカイガシャガシャした音が聞こえる。迫る、迫る。


 「なんなんだアイツ……おいシスター、出口は!?」

 「真っすぐ行って左です。でも……」

 「っしゃあ!」


 走る。とにかく走る。

 こんなところで死んでたまるか。……玄関の前に出て、ドアに手を伸ばした。


 ──咆哮。振り返るとそこには、大きく青紫色の”バケモノ”が迫っていた。


 (避けられねぇ!)


 シスターを庇うように抱きかかえると、次の瞬間全部がぶっ壊された。壁も、床も、なにもかもがまとめてぜーんぶ。


 「っ、くっそ……シスターさん、しっかりしろ……」


 幸いにも破片が当たって傷を負うとかはなかった。

 だが、既に捕食者は迫ってきていた。


 「なんなんだよ、オマエ……」


 鋼鉄の身体。

 腕と足に関節は三つ、丸太のような鋼鉄の剛腕。

 デザインは犬のような鳥のような長い口と鼻をしており、その牙は大きく鋭く、鋭い眼は返り血を浴びたかのように赤かった。──額に生えた二本の角。そして、揺蕩う白髪。


 悪魔。

 目の前にいる殺人ロボットに、アニメや漫画に出てくるような怪物のイメージが、ぴったりと目の前に重なった。


 唸りながら、涎を垂らしながらこちらへ近づいてくる。

 アレは捕食者の眼だ。アタシを、シスターを、貪り喰らおうとする獣の目だ。


 殺される。


 「にげて、ください……」

  

 後ろで倒れていたシスターが、アタシを追い越して前に出てきた。

 足から血を流し、引きずりながら。……庇うつもりなのか、アタシを。


 「オマエ……なんで」

 「マイカさんのおかげで、気づくことが出来たんです」

 

 声が震えていた。それでも彼女が前に出る理由が、分からない。

 足への傷は決して浅くはないだろうに、それでも前に進むことをやめない。語ることをやめない。


 「”こんな私でも、誰かに求めてもらえるんだ”って」


 振り返ってきた。

 冷や汗をかきながら、唇を青く震わせながら、それでも微笑んでいた。


 「受け取ってください。どうか、お元気で」


 そのまま、彼女は不格好に走り出した。ロボット悪魔もそれを追いかけるように、シスターさんへと迫っていく。……アタシはただただ、踵を返して走っていた。


 (ラッキー! よく分かんねぇけどこれで逃げれる!)


 命は大事だ。なによりも、なによりも代え難いタカラモノなんだ。

 だから生きていればなんとかなる。どれだけ逃げようが、裏切ろうが、最後に息を吸って吐いて明日を迎えられるならそれが最高なんだ。

 

 (でも、ハンナは死ぬんだよな) 


 生き残ったのに、命を拾ったのに、そのための最善を尽くしただけなのに。

 モヤモヤする。こんなの初めてだ、なんでだろう。


 なんで、アイツが死ぬって思ったらこんなにイヤな気分になるんだろう。


 (……あっ、そっか)


 はじめてベッドがふかふかだったからだ。 

 はじめてあったかかったからだ、シチューが。

 はじめて笑ってくれて、喜んでくれて、隣にいてくれたからだ。


 「……そっか、アタシ」


 いつから忘れてたんだろう。ずっと、ずぅっと欲しくて欲しくてたまらなかった全てを、アタシはあの人からようやく与えてもらったんじゃないか。


 「アタシ、アイツから”幸せ”をもらってたんだ……」


 やっぱり馬鹿だ、アタシ。

 こんなにあったかいものをくれた人を見捨ててまで、また空っぽの自分に戻ろうとしていただなんて。……貰ってばっかりなのは、アタシもじゃないか。


 「……よっし」 

 

 あの部屋から持ってきた金属バットを、強く、強く握り締めて。──急ブレーキ。そのまま踵を返した。


 「ハンナァっ!!!」


 捕食寸前。その細い体を掴まれた彼女の瞳は、遠くから見てもわかりやすく潤んでいる。

 

 「マイカさん……? だめ、だめ……来ちゃダメです!」

 「やーだねっ! 絶対助けてやるから待ってろ!」


 振るわれる剛腕。コンクリぶっ壊すぐらいの鉄の腕なんだから当たり前に死ぬ。


 (当たれば、だけどな!)


 前の方に大ジャンプ。目の前にはバケモンの鉄仮面。

 振りかぶった金属バットを、思いっきり、力いっぱい。


 「しぃぃいねぇええええええええええ!!!!!!」

 

 振りッ!

 下ろすッッッ! 金属ぐんにゃり頭骨メキメキ背骨グッキグキ。柄越しに手から全身に伝わる破壊の感触とともに、バケモノの首を殴り潰した。


 人形の糸を切ったように、バケモンの剛腕の指が解ける。すり落ちるハンナ。──着地、同時にキャッチ。


 「きゃっ! ……うっ、あっ」

 「……ふぅ、ふぅ」


 脈が早い。サラッとやってのけた鉄のモンスターキル、厨二病満載のヒーローごっこを成し遂げたことへの高揚……腕の中にはヒロイン。アタシは、静かに興奮していた。

 アタシが、助けた。……奪うでも裏切るでもなく、ただ純粋に”助けたい”という想いからなる衝動で、身体がカミナリみたいな速度で動いた。


 「な? 助かっただろ?」


 アタシに抱きかかえられたハンナは目尻に涙を浮かべながら、表情筋をわなわなと動かした。


 「……そう、ですね。はい。はい……!」


 ありがとうございます。

 何度も、何度も、伝えられる感謝の言葉があったかい。

 もっと欲しい、もっともっと。噛みしめるように脳の中で何度も繰り返させていた。


 「これからも一緒、だな」

 「……ふふっ」


 恐る恐る顔を見ると、涙が滴っていた。

 でも笑っていた。天使のように、朗らかに。


 「はい。これからも、よろしくお願いします」

 

 ……衣食住。あと、めっちゃ優しいハジメテの友達ゲットだぜ!!

 


 

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https://kakuyomu.jp/works/7667601419859742715

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パラリラパラディン キリン @nyu_kirin

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